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まず第一に、こいつは自分が何者なのかわかっちゃいない。俺と初めて会った時、こいつは自分の名前さえ言えなくて、それどころか喋ること自体が有り得ないくらいに下手糞だった。言葉がわからない、なんて考えられるか? こいつがもし四、五歳の子どもだったら微笑ましいのかもしれないが、残念ながら二十六歳の立派な大人だ。呆れた顔をしないでほしい、大分マシになったとは言え、毎日一緒に居る俺はもっと大変なんだから。
第二に、こいつは自分の立場を全く理解できない。俺達の仕事(って言えるのか? 労働と引き換えに金を貰うのが仕事ってやつなら、全然基準を満たしてないことになるんだが)は、下手すると明日死ぬかもしれないってくらい深刻なもんじゃないが、手足の一本くらいは失くす程度の危険は伴っている。でも何度説明したところでこいつにはわかって貰えないし、何しろ自分と俺達の外見が全然違うことも気にしてないくらいなんだから、まあ却って幸せなんじゃないかと今は思うことにしている。見た目の差異なんて、気にして騒いだ奴の負けだからな。
第三に、記憶力がほとんど無い。こいつは、昔のことを何一つ覚えちゃいないんだ。俺だって、別に赤ん坊の頃から今現在に至るまでを事細かにひとつも漏らさず記憶しろって言ってるわけじゃない。でもいくら何でも、ガキの頃の思い出のひとつやふたつは持っているものだろうが。それが楽しいか楽しくないかは置いておくとしても。
最悪なもんで良ければ、俺にだってある。だけど残念ながらこの男には、そんな思い出が全くただのひとつも無いらしい。
……ここまで読んだ奴は、俺がどうしてそんな奴といつまでも一緒にいて、それどころか身体まで許しちまってるのか不思議がってると思う。
答えは、物凄く簡単。
ハンサムなんだよ、結構。
……はい、説明終了。
ふざけてるわけじゃない。確かに癖のある感じの顔で好みはあるだろうけど、奇麗かって聞かれたら十人中八人くらいはそう答えるんじゃないか。口紅の映えそうな厚みのある唇も、きりっと通った細い鼻筋も、目張りがくっきり入っていて少しだけ窪んだ青い四白眼も、薄いくせにきちんと六段に割れてる腹筋も、全部で迫って来られたら俺はどうしても嫌だなんて言えない。
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