思い出と戦場

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【10.白猫】  医務室で目が覚めた時、最初に見えたのは軍曹の心配そうな顔と、それから俺の左手を握って泣いているサイコロの顔だった。  状況を頭で整理する前に、枕元に置かれた血塗れの布包みを見て、唐突に何があったかを思い出す。解けかけた布包みから覗いていたのは、灰色の俺の指先だった。 「やっぱり、くっつかなかったのか」  俺が笑うと、軍曹が気の毒そうに首を振った。よっぽど強い薬でも使ったのか、痛みは感じない。こうして取れてしまったものを客観的に見ると、俺の手は男のものとは思えないくらいに小さかった。 「潰されたのが、頭でなくて良かったよ」  軍曹がぽつりと言う。珍しく今日は酔っ払っていない。 「片腕では不便だろうが、大きな支障は無いと大佐は判断なさった。君はこれからも兵士として戦える」  喜んで良いのか、悪いのか。実態の無い奴だが、最終的な判断を下すのは大佐だ。俺は従うしか無い。 「黒猫、俺……俺は、……」  サイコロが声を詰まらせる。 「頭……くっついてるよな? 手しか取れてないんだよな?」  みっともないから泣くな、馬鹿。男前が唯一の取り得だってのに、台無しじゃねえか。 「俺は白猫だ。間違えんな」  握っていたサイコロの手を振り払ってやろうかと思ったが、やめておいた。怪我をすると心細くなるのが嫌だ。真っ白なサイコロの手は、俺のよりもずっと大きくて、温かくて嬉しい。 「説明はいらねえ。覚えてる」  そう言って起き上がろうと思ったけど、できない。身体が痺れてやがる。頭がはっきりしてるだけマシか。  全部忘れちまってたらそれはそれで楽だったのかもしれない。サイコロの軍服が血糊じゃない乾いた茶色に染まっている理由も、この場にサイコロ以外のメンバーがいない理由も、説明しろと言われればすぐにでもできる。 「無茶苦茶やりやがって。馬鹿野郎が」  俺は力の入らない左手でサイコロの手を握り返した。  俺とこいつのせいで、随分面倒なことになったな。
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