白猫とサイコロ

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「地球上での土地の奪い合いだ。海面に沈んで行く土地を移らなければ、人間は死んでしまう。我らは、水陸両用では無いからな」  そう言って軍曹は、大半が黒く塗りつぶされた世界地図を拳でこつこつ叩いた。軍曹の部屋には、俺が両腕を広げても届かないくらい馬鹿でかい地図が飾ってある。今はほとんど真っ黒だけど、少なくとも二十年くらい前はまだまともな場所が残っていたんだとか。 「住むための土地を巡っての戦争。と言っても、人間にはもう戦うだけの余力がなかったから、君らエルフ族を兵隊として使ったわけなんだけどね」  軍曹が力無く笑う。この男の髪は、俺とは質も量も全く違う黒い色をしている。戦争が激化すればするほど、こいつの懐にはたっぷり金が入って来るはずだった。でも本当に稼げたのはこいつの爺さんだけで、親父の代には人間もかなり減っていたからそんなに身入りは良く無かったみたいだ。それで三代目の今の軍曹はと言えば、報酬なんて口約束だけ。賃金無しの俺らに比べればマシだけど、それでも汚れ役を買って出ているのにこの仕打ちは酷い。 「文句も言っていられないだろうさ。軍曹でいられるうちが花だ。戦争が終われば、私の立場は完全に無くなるんだから」  軍曹も俺達と同じ、数の少ない生き残りだ。エルフ族と人間とどっちが先に滅びるのか、なんて、酔っ払った日には冗談を飛ばすくらい、今は両方の数が減っている。何ていうか、やっぱり人間は絶滅する運命だったんじゃないかと思う。土地が水没する度に地図を塗りつぶして行って、今残っているのは、海の真ん中にぽつんと残った小さな島国だけだ。  生き延びた人間も、たったのそれだけ。 「開国ニッポン、先進国ニッポン……どれだけ格好付けて名乗ったところで、今がこの様じゃあ仕方ないな」  軍曹が笑いながらまた地図の島を叩いた。足が縺れて、地図の貼ってある壁にだらしなく寄り掛かっている。また昼間っから呑んでやがるな、こいつは。けど、俺は別に責めない。俺やサイコロだって、気分の乗らない時や前の晩にはしゃぎすぎて足腰立たない時は酒やクスリの力を借りているからだ。  俺は軍曹の机に手を伸ばすと、上に置いてあった焼酎の瓶を掴んで中身を喉に流し込んだ。こういうものが簡単に手に入るんだから、兵隊ってのもなかなか悪くない。ぐっと飲み込むと、うわ、胃袋が焼ける。
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