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「いや、もう冷めたよ」
「冷めた?」
「ああ。あのころは、妙な熱量に浮かれてた。自分が少し特別なような気がしてた。それは、ただ単に、沙耶の近くにいたからってだけなんだ。こうして思い返してみると、あの言葉はすごく沙耶らしい。勝手に僕だけで盛り上がって、勝手に気持ちを押し付けて、拒絶されたら逃げ去る。かっこ悪いな、我ながら」
そう、沙耶はずっと沙耶のままだった。僕は、そんなぶれない沙耶を好きになったはずなのに、沙耶が有名になっていくにつれて、彼女を独占したいという欲求にかられたのだ。
それが、ただの押し付けだと理解せずに。
つまり、子供だったのだ。
学生でなくなっても、二十歳になっても、心が成長しない限り、人は子供のままだ。沙耶は、大人だった。学生時代も、プロになってからも。
それだけのことだったのだ。
それだけのことに気が付くのに、僕はかなりの時間を有した。
「いきなり倒れて、そのまま亡くなったのか」
「はい。お医者さんは、無理がたたったんじゃないかって。お姉ちゃん、いつも仕事仕事でほとんど休まなかったから。私がもっと気を付けてればよかったんです。いつも通りのお姉ちゃんにしか見えなくて。ほんと、ダメですね、私」
「そんなことない。沙耶は本当に無理をしていたわけじゃなかったんだろう。辛くても、苦しくても、沙耶は書くことをやめない。書くことをやめることこそが、沙耶にとっての死なんだ。だから、限界がきて亡くなったというより、灯が消えたというのが近いのかもしれない」
「灯が消えた?」
「ああ。沙耶は命を燃やして物語を書いてた。その火が、ふっと消えた。無理だとか、そういうことじゃなくて、自然と命を終えた。そんな風に感じる」
少しクサいだろうか。それに、こんな言い方では、沙耶の死を侮辱しているように思われるかもしれない。
「そうですね。確かに、そうなのかもしれません。そのほうがお姉ちゃんらしいですね」
由美子は瓶の中のコーラを見つめながら言った。
「線香、あげてくるよ」
僕は立ち上がり、歩き出す。
また、強い風が吹いた。
風鈴がサランと鳴る。
その音に交じって、由美子の泣き声が聞こえた。
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