風鈴の音

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 去ろうとする僕に、沙耶が抱きついた。 「待って待って! この役は清水君じゃなきゃダメなんだって! 昼休みに隠れてチャンドラー読んでる清水君じゃなきゃ!」 「人を痛い人みたいに言うな。チャンドラーに謝れ」 「え? だって学生時代にチャンドラー読む人なんて、ハードボイルドにかぶれた痛い人くらいじゃないの?」 「よし、謝れ。チャンドラーとそれを愛好するすべての人に謝れ」  そんな沙耶とのやり取りを、いつものことという風に部員たちが見ている。話だけでもと沙耶がすがりつく。抵抗するのもバカらしくなり、結局僕は沙耶の話を聞くことにした。  どうやら、今回の芝居を最後に沙耶は演劇部を引退するらしく、最後はいままでにない芝居をということで、オリジナルの探偵ものを脚本にしたらしい。  内容を聞いてみると、こってこてのハードボイルドで、渋い男のドラマという仕上がりになっていた。  最初こそ、ありがちな話だと思って読んでいたのだが、読み進めていくうち、どんどん没頭していった。  確かに、ハードボイルドというジャンルから連想される要素がそこかしこにあり、典型的な通俗物という感じなのだが、そうした要素の使い方や、シナリオの構成が抜群にうまく、どんどん引き込まれていく。  結末も中盤あたりで予想できてしまうのだが、そんなのが気にならないほど面白い。むしろ、その結末に向かっていく過程がエキサイティングでさえある。
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