風鈴の音

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「どう?」  そう問いかける沙耶の表情は自信に満ちていた。いや、沙耶はいつだって自信に満ちていた。自分が書くものは面白いという自負。過信などではなく、ひたすら書くことに集中し、そのうえで最高と自分が思えるものを書く。それゆえの自信。  思い返せば、あの表情を見た時から、僕は沙耶に惹かれていたのかもしれない。 「面白かった?」 「ああ」 「その役は、この学校の中で、清水君にしか演じられないと思うんだ。当て書きしたわけじゃないんだけど、書き上げた瞬間、あ、いつもチャンドラー読んでるあの人だって感じたの」 「そういえば、あんた上級生だろ。なんで僕のこと知ってるんだ」 「常日頃から面白そうな人はチェックしてるよ。舞台は役者の力で演出が考えている以上のものを生み出すからね。面白い人材はスカウト!」 「でも、僕は素人だ」 「それがどうしたってのさ。最初は誰だって素人だよ。それに、洗練された芝居ってのは、自然な芝居ありきなんだよ? 即興劇で芝居を磨くのは、アドリブに対応するってのより、自然な芝居ができるようになる特訓になるっていうのが強いと私は思ってる。どんな役者も、最初は原石。それを磨くのが、演出のお仕事なのです!」  なんだか、その言葉には無駄に説得力があって、僕は役を引き受けることにした。  それから、僕は毎日演劇部に通い、芝居の練習をした。  沙耶の指導は独特だったが、面白いくらいに理解しやすく、自分でいうのもあれだが、僕の芝居は少しずつ様になってきた。  時々、沙耶の家に出向くこともあった。  演技のこと、キャラクターのこと、とりとめもないこと。そういういろいろなことを話、劇に対する理解を深めていく。 「清水君は、思ってたより面白い子なんだね」 「面白い?」 「うん。生意気な奴って言われてるけど、話してみるとそんな感じじゃない。別に、敬語とかどうでもいいしね。私たち学生だし、文化部に上も下もないんじゃないかなーとか私は思ってるわけ。まあ、そうもいかないけどね、世の中」  そう言って、沙耶は瓶コーラをひとくち飲む。 沙耶の家にくると、毎回瓶コーラが出された。家の近くに瓶コーラの自販機があるらしく、大量に買い込んでいるという。
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