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このころには、町を抜け出したいという思いは消えていた。
むしろ、この時間が永遠であればいいのになどという、青臭いことを考えてすらいた。
そうした時間を積み上げていき、ついに発表会の日がやってきた。
トレンチコートに身を包み、中折れ帽をかぶると、自然とチャック・マクエイドの気持ちになれた。
「真面目に、だけど楽しむことも忘れずに。気は張りすぎず、手は抜かずに」
沙耶が舞台袖で言う。沙耶の言葉が緊張をほぐしていく。僕も、ほかの部員も、表情が柔らかくなった。
「じゃあ、行ってみよう!」
開演を告げるブザーが響く。僕は大きく深呼吸をしてから、舞台に出た。
レトロなアメリカの街並みをイメージした舞台。そこに立ち、言葉を紡いでいく。
演じているという感覚は、あまりなかった。その時間だけは、僕はアメリカの探偵だったし、ほかの部員もまた、マフィアであり、娼婦であり、刑事だった。
自分とは違う存在になれる。
それは、本当に夢のような時間だった。
芝居が終わり、一度袖に戻り、再び全キャストと共に舞台へ。
拍手が僕たちを出迎えた。
その拍手の中で、僕は僕に戻っていく。
そうして、発表会は終了した。
僕らは軽い打ち上げをし、帰路についた。
その帰り道、僕は沙耶に告白をした。
付き合うと言っても、沙耶は変わり者だから、想像していたような特別な変化は特になかった。
今まで通り、時折沙耶の家に行き、瓶コーラを飲みながらいろいろと話をする。由美子は二人の時間だからと、僕らを二人きりにしようと気を使っていたが、結局しばらくすると沙耶が由美子を呼びに行き、三人で話す。
今まで通りの日々。変わったことと言えば、僕が沙耶の後輩から恋人になったことと、今まで対面に座っていた沙耶が、僕の隣に座るようになったということだけ。
今こうして思い返してみると、大きな変化であると思うのだが、当時の僕は少し残念に感じていた。気取っていても、所詮は年頃の男だったということだ。
その後、沙耶は高校を卒業し、書き溜めていた何本かの脚本をいろいろな所に送り始めた。
半年後、そのうちのいくつかから連絡があり、沙耶は正式にプロの脚本家としてデビューすることになった。
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