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演説
遠くから、江畠さんが近づいてきていた。人々からは、拍手や歓声が上がった。観衆の前に立つと、江畠さんはスムーズにお辞儀をした。
今日は、急なお願いにもかかわらず、お集まりいただきありがとうございます。
皆様のおかげで、白狐の会は今年既に十四の提案を代表者会議においてさせていただいております。また、そのすべてで会議の承認を得ることができました。会議においては、半数を超える方に我々への賛同を表明していただいております。
さて、我々の創設の精神は、少数の意見を多くの人に伝えることでした。皆様の期待に、お応えすることができているでしょうか。我々の使命は、より多くの人が少しずつでも、暮らしやすいようにすることです。だからこそ、どんな小さな声でも、公の舞台で披露したい。知ってもらい、議論してもらうことで、人々の考えるきっかけにしたい。そう思って活動してきました。
今、私の前に多くの人が集まってくださっています。この中のどれほどの人が、我々の願いを理解してくれていたでしょう。どれほどの人が小さな声に耳を傾け、心で感じて、自分の頭で考えてくださっていたでしょう。
私は、今日ここで身を引く決意をいたしました。今後、私が代表者会議で発言することもなければ、白狐の会が躍進することもないでしょう。そうなった日に、皆さん何を信じますか。ぜひとも、自分を信じてください。自分の持つ感性を総動員して、考えてみてください。そして、信じられるだけの答えを見つけてください。私は、皆さんを信じています。
最後になりましたが、皆さんこれまでありがとうございました。
江畠さんは、深々とお辞儀した。人々からは、大きな拍手や歓声が起こっていた。
美利は、人々の顔を見回した。そこに、迷いや悲しみは少しも感じ取れなかった。ただ誰もが、前を向いて拍手をしていた。
頭を上げた江畠さんに近づく姿があった。あれは、一つ上の不良で名高い矢島という人ではなかったか。笑顔でどんどん歩み寄っていく。視界の端、遠巻きに見ていた教員が慌てて近づいてくる。美利も、人混みに向かって突進した。観衆も急に静まり返った。どう考えても間に合わない。思わず目を閉じた。
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