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俺は、この言葉を聞いたことがある。
ーーだから本当に、俺はやってない!
その声の主は……。
突然、すさまじい勢いで脳裏にフラッシュバックしていく光景。
暗い森、男の口論、何かを突き飛ばした感触、耳をつんざく断末魔の叫び声。
まるでハンマーかなにかで殴られたかのように、ガンガンと痛む頭。脈とともにドクドクと速くなる心音。
俺は、この場所に来たことがある。
「お、お前……あ、あの時の……」
がくがくと全身が震えだす。遺体と青年を交互に見比べながらやっとのことで懸命に絞りだした声は、かすれて上手く言葉にならない。
ー俺は、この男を知っている。
「敏腕弁護士が聞いて呆れる。……俺を殺し、真実をねじ曲げ、手に入れた名声という名の美酒はさぞかしうまかったろうな」
「違う、違うんだ!俺は、最初から殺すつもりなんて」
「じゃあ何故そのまま放置した?何故自殺に見せかけた?……あんたははなから冤罪を認める気なんてなかった。だから俺をここへ呼びだした……金で釣るためにな。そうだろ?そしたら運よく崖から落としちまった。またとない絶好のチャンスだ」
嫌な汗が、這うように背中を伝っていく。
「あんたは金もたんまり貰って晴れて凄腕弁護士の仲間入りだ。無敗記録もめでたく更新、新記録だ。だがな、そのせいでオレの家族がどんな仕打ちを受けたか、あんたに分かるか?」
青年が一歩近づくと同時に、男の視界がぐらりと歪んだ。胸ぐらを掴む青年の力は痩せた彼のものとは思えないほどに強く、どんなにもがいても振りほどけない。
「言われのない罪を着せられ、受けなくてもいい罰を受け、身も心もすり減らさせ追い詰められていく気持ちが!それを傍で見ていながら何も出来ないオレの気持ちが!」
「わっ、悪かった。俺が……俺が悪かった。頼む、許してくれ」
急にぱっと離されぜいぜいと息をする男を見下ろしたまま、青年は無機質な声で言った。
「……携帯を出せ」
「け、携帯か?……あぁ、よかった無事だった」
どうやら電波もちゃんと入るらしい。
これで助けが呼べる、と密かに安堵する男に向かってただ一言だけ、青年は告げた。
「真実を公表しろ。そうすればオレはもう何もしない」
おもむろにポケットに手をつっこみながら、彼は続けた。
ピストルだろうか?ナイフだろうか?どちらにしろ凶器に違いない。
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