第1章

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 私は苦笑しながら、「速達」の赤い判子が押された便箋……の前に、とりあえずお茶でも淹れようと思い立った。急ぎの用とはいえ、それならばなおさら、仕事に取り掛かる前には落ち着いて行動しなければならない。この間、滅多に来ない港からの流れもので、美味しいやつを安く買ったばかりだったし。 三  いい匂いのする湯気が立ち上る。まだちょっと熱いのを思い切って飲み込んで、私はこのために知り合いから借りておいた、特別な形の茶器を一そろい使っている。専用の小さなお皿と湯飲みがカチンと音を立てる。なんだか様になっている気がする。思わず笑ってしまった。  街で一番顔効きのゲンザクさんのところでしていたお手伝いが、ようやく身についてきたところだった。「どんな時でも気を抜くな」があの人の口癖。こうして来客用の机に置かれた一通の手紙を開いて、一杯のお茶を傾けたり、思わずため息なんかついちゃったりして物憂げな表情なんか作ってみると、なんだか自信がわいてくるのだった。  一度目を通した、その三つ折り線のついた手紙をもう一度読み直す。依頼内容はそう複雑で技術のいるようなものではなかった。でも、もしかするとほかのどんなものよりも難しくて大変なこと。 「……好きな人との仲を進展させる手伝い、ねえ……」  私はその言葉の意味する光景を頭の中で描こうとして、今朝見た白く輝く空のように何も浮んでこないのを悟る。考えてみると、私たちが何でも屋みたいなことを始めてからは初のことかも知れない。一度、まだやり方もわからずに周りの人に聞いたりしていた頃、飼い猫の逃げてしまった恋人――この場合は恋猫か――を捜してくださいなんて頼まれたことがあった。その時は火紋がはりきってはりきって、チビちゃんまで引っ張りまわして結局、見つからずに依頼主に謝りにいったら仲良く縁側で丸まっていた、なんて結果だったっけ。 「んー、そうなると……」  この案件は一旦、私だけで細かいことを聞きにいった方が良いかも知れない。なまじ猫みたいなチビちゃんの鼻を頼りに、良く確かめもしないで火紋がまたあっちこっちに走り回ったら困る。まあ、いつも大変そうな依頼は私の独断で面談をして断ったりしているのだけれど、こと恋愛ごとなんて繊細な物事、あの火紋に引っ掻き回されちゃ適わないもの。……ちらり、と裏面も確認、すぐに本人と連絡がつけば……
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