1 乗り換え

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 俺はそのショップに入る前から機嫌が悪かった。  今一番はまっている携帯電話アプリのゲームのデータが,どういうわけか保存されない。仕事の合間にちまちまとプレイした苦労が水の泡だ。週末に友だちと対戦しようと思っていたのに,これではレベルが低くてバカにされる。  何とかしてくれるだろうと思って入ったショップで,店員とやりとりを始めるとさらにイライラが増した。その不具合はアプリの問い合わせ先に報告すると改善されるらしいが,いい加減な性格のせいでIDやらパスワードやら忘れてしまって問い合わせ先にコンタクトが取れない。  細いパイプの布張り椅子に腕を組んで座り,迷彩色のカーゴパンツの脚を組み替え,足を揺すってプラスチックサンダルをパタパタさせる。  白いカウンターテーブルの向こう側に座わっている,小洒落たワイシャツと今流行の眼鏡姿の相手を睨み付けると顎をしゃくって吐き出すように訊く。 「で,それはお宅がやってくれんの?」 「…お客様,そのご変更は私どもはできません。先ほども申し上げましたが,新しいIDを取得なさってください。みなさん,ご自分でなさっていらっしゃるのですが…?」 「だからっ,それじゃ今までのデータが引き継げないじゃん。何とかなんないのかよってさっきから訊いてんじゃん!ああ,もう,あんたじゃ話になんないから,別の人呼んでっ。責任者とかいないのっ?」 「お客様,このアプリの不具合程度であれば,…私で十分です。どうかIDのご変更はご自分で」 「ああっ,もういいっ!解約!このスマホもショップの店員も使えねーから解約するわ!」  これ以上イライラさせられるのが我慢ならなくて,強引に解約書類を要求してさっさと解約の事務処理を終えてしまった。  相手をした眼鏡店員と他の店員たちや上司らしき人物がおろおろとした様子で見つめる中,俺はザマーミロと心の中で叫んで颯爽と自動ドアを抜けて外へ出た。  黒光りする国産の大型SUV車に乗り込み,爆音を轟かせてショップの駐車場を後にすると,しばらくは気分が良かった。  大体あの眼鏡店員,最初から上から目線で話してきてムカつくんだって。変更なんてみんな自分でしてるのに、お前はできないのかwwwって小馬鹿にする態度でさ。
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