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10月の親父の誕生日には,酒と肴だけ持って行った。子供らは姉ちゃんの計らいですでに寝室に上がっていた。
居間の座卓で口を固く結んだ親父に, 浩二さんが酒を注ぐ。親父は渋い顔のままコップを口に運んだ。親父は酒が強くて簡単には酔わない。浩二さんと俺が美味いね,とか言いながら飲み交わし,圭は翌日の仕事に影響するからとウーロン茶だ。
俺と浩二さんは製材の仕事の話をしてそれなりに盛り上がるが,親父はコップを見つめ眉間に皺寄せてちびちびと飲んでいる。
そのうちに圭が親父の隣に移動した。 テーブルに置かれた親父のコップの中身が無くなると,そっと酒を足した。親父は圭を無視して飲むばかりだったけど。
親父が2合ばかり飲んで顔をうっすらと朱くした頃,圭が親父に向かって言った。
「山中さん,熱燗にしますか?」
親父は圭を見て,それからほぼ空になったコップを見て,また圭を見た。
「うむ,熱燗だ」
圭は頷いて,中身が半分に減った一升瓶を持って台所に行った。お袋が手を貸して,一緒に熱燗の準備をした。
盆にとっくりとお猪口とイカの塩辛が入った小皿を載せて圭が戻ってきた。親父にお猪口を持たせて圭がとっくりを傾ける。浩二さんも熱燗にかえた。
「おお,この酒は熱燗でもいけるなぁ」
浩二さんが頬を緩ませた。
「ね,お義父さん」
「ああ,そうだな…」
お猪口に残っていた酒を煽ると,親父は圭の方にお猪口を差し出した。酒を催促しているのだ。圭は特段表情をを変える事もなく,熱燗を注いだ。親父がちらっと圭を見て,またお猪口を口に運ぶ。親父の頬が更に赤らんだのは,酒のせいばかりではないと俺にはわかった。
俺は鼻の奥がじんっ,と熱くなるのを感じた。次にどうなるか予測が付いたから,思わずあぐらをかいた自分の脚に視線を落とした。
「あれ,勇翔君…しばらく一緒に飲んでいないうちに…泣き上戸になったのかな?」
浩二さんの声がすっとぼけてる。 う~,やめてくれ,浩二さん…,この3年は俺にとってものすごく長くて,辛かったんだ。
「目の調子が悪いのかい…」
お袋が台所から出てきて俺にティッシュを差し出す。揃って意地悪だな。俺は目を拭いてついでに鼻もかんだ。すると,本当に久し振りに親父が俺の名を呼んだ。
「勇翔」
「あ?」
目が合った。
「山中製材所に戻ってこい」
「…っ」
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