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部屋の中には,由美さんの両親もいた。俺は慌てて二人に挨拶して,お祝いの花かごをサイドテーブルに置いた。
「わざわざお見舞いに来てくれてありがとう」
由美さんは笑顔なのに,輝は腕の中の娘を見たまま俺たちに視線を向けなかった。
「由美さん,抱っこしていいですか?」
圭が赤ん坊に両手を差し伸べた。輝は何も言わなかった。赤ん坊は肌の色が浅黒く,目力があって薄い唇をぎゅっと結んでいた。
生まれたばかりなのに輝に激似で驚いた。
「輝,お前にそっくりだ…」
輝を見ると輝も俺を見た。視線を合わせるのは久し振りだった。
「本当に,こんなに輝に似てて,私も笑っちゃた」
由美さんが幸せそうに言った。好きな男によく似た赤ん坊を産むって,嬉しいもんなんだろう。
「勇翔君も抱っこしてあげて」
圭から赤ん坊を受け取り,細心の注意を払って抱っこした。俺の腕に収まった赤ん坊をまじまじと見つめた。
「ははっ,輝,お前のミニチュアを抱っこしてるみたいだ」
俺はちょっと愉快になって言ったんだけど,輝は無言で 俺から視線を外した。心の中では『ホモは俺の子を抱っこするな』とか思っていたのかもしれない。
赤ん坊を由美さんに返した時,上の子が輝の手から逃れて病室を歩き回り始めた。と,通路でこてんと転んでしまった。
「結惟(ゆい)っ,大丈夫?」
声を掛ける由美さんに代わって,近くにいた俺が近寄った。
「ゆいちゃん? 大丈夫かな?」
膝を突いて言った俺の声を聞いて,結惟はゆっくりと立ち上がり,俺をしっかりと見た。
「だいじょうぶ…」
言った後で俺に抱きついてきた。だっこを要求してるのかと思って,ひょいと抱き上げた。
「不思議ね,その子,今人見知りが激しいのに…,勇翔君は特別なのかな」
俺は悪い気がしなくて,結惟を抱っこしたまま廊下に出た。ナースステーションまで行って部屋に戻りかけると,輝が途中まで来ていた。
「勇翔」
「…何だ?」
「お前さ,毎年クリスマス・イブの夜に,俺の子どもにプレゼントを届けに来い」
「へ?」
「毎年だぞ」
突然理不尽な命令を下す輝の表情は, それまでになく和らいでいた。俺を拒絶する冷たい雰囲気は無くなっていた。
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