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けど,その表情の陰に,何かを諦めたような,喪失感とでもいうようなものが感じられた。俺は胸の奥にわずかな痛みを覚えた。何でなのかさっぱりわからなかったけど。
それが去年の冬のこと。そのあとすぐにやってきたクリスマス・イブから俺は輝の命令を執行した。
あっという間に今年もクリスマス・イブだ。10月にあった親父の誕生日であらかた問題が解決した俺たちは,余裕でクリスマスプレゼントを選んでいた。
サンタ&トナカイのコスプレした俺と圭は,山中の家に行く前に輝の家に寄った。
結惟は俺を見ると当然の様に抱きついてきた。だっこすると満足げな様子だ。
「結惟ちゃん,勇翔のことが気に入ってるんだね」
赤鼻のトナカイが言う。
「けっ,さすが元やりチ」
「輝っ,子供の前で止めてよっ」
由美さん,こえぇっ。由美さんの足もとにいた男の子が,おぼつかない足取りのくせに猛然と俺に向かってくる。俺の脚に辿り着くと,俺を見上げて,んっんっと唸る。目力が増したな,こいつ。まったくもってミニ輝だ。俺は結惟を抱っこしたままそいつも抱っこする。
「翔(かける)ったら…。久し振りに会うのに,うちの子たちは勇翔君のこと忘れないんだよねぇ」
由美さんが目を細める。大抵の子供って本能的に圭の方に寄り付くのに,ここの子供はそろって俺になついてるんだよな。
「あのな,サンタさんは次のお家にプレゼントを届けに行かなくちゃならないから,今日はこれでバイバイな」
俺の言葉に,結惟が俺の首に回した両手に力を込めた。
「また来てね,ゆうとおにいさん…」
そう言うと物わかり良く俺から離れた。翔の方は輝に引き剥がされた。
「じゃ,輝,28日の夜は8時から俺んとこでな」
「ああ,鴨鍋用のでかい鍋,実家から借りてあるから」
俺たち4人,輝と銀司と慎太郎とでまた集まり始めた。翔が生まれてからいろんなことが元通りになった。俺のカムアウトのあと,あんなに疎遠だったのが嘘みたいだ。
「…輝さんの子供たち,姉弟して勇翔のことが好きなんだなぁ,…DNAかな」
圭が車の中で独りごちた。
「は? 輝は野球よりサッカーが好きだぞ」
「わかってる…。それにしても将来気をつけなきゃな,あの子たちと張り合うなんて洒落にならないからな…」
圭の独り言は意味がわからない。
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