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今日の圭は黒に近い濃グレーのスリーピース。俺が一年前の誕生日に張り込んだ品だ。それに織りの手が込んだ光沢のある薄グレーのネクタイ。左手首には俺が贈った時計。胸元には一昨年贈ったスイス老舗メーカーのペン。これは替えインクを取り寄せるのが大変なんだ。
そんなモノが色あせちまうような,圭本人。仕事できそうで,信頼できそうで,爽やかそうで,んでもって,綺麗で色っぽい…。最後のは俺だけの感想だけど。
俺は圭の頬の桃色に目を奪われながら,ほぼ圭の誘導で内縁関係にあるパートナーの契約について説明を受け,契約変更を進めていった。いや,ただ圭の言いなりになって書類を出し,サインをし,契約書の大事な文言を読む圭に頷くが何も聞いちゃいない。
途中,店長代理が何気なく圭の後ろを通りかかった,という感じで契約更新の成り行きを見ていた。圭が少し後ろに顔を傾けて,わざとらしくこほん,と空咳をした。するとそいつははっとしたような表情でその場を去って行ったのだった。
後で聞いたところによると,このカウンターで知り得た内容は,担当する圭だけが扱うこととしていて,厳しい守秘義務がある。店の他の連中は相談を聞こうとしたり,ましてや契約書類などを見たりすることはできないのだ。そこが事情のある人たちの契約を行うこのカウンターの特徴でウリなわけだ。該当する人たちにのプライバシーが絶対守られるように…。
30分ほどで手続きが終わり,圭がにっこりとこちらを見た。さすがに頬の赤味は薄れている。
「これで,山中様のご契約変更は終了です。 お二人の内縁関係は証明されましたので,今後のお支払いは…こちらの方の名義の口座から引き落とされます。デ ータシェアは本日から起算されます」
ぷぷっ! 「こちらの方の名義の口座」って,圭,それあんたの口座名義だ。公共料金の引き落とし口座も圭名義にしたんだ。
「ありがとう,…ございます,八柳さん。えっと,無事に契約変更ができたんで,あれだ,今夜,晩メシ,俺と一緒にどう?」
周りに聞こえないように低い声を出す。圭が笑い出しそうな,不思議な表情をした。
「お客様,そのようなお誘いを受けることは」
あーわかってるって,こう言うんだろ?
「あ り ま せ ん」
「たまにはいいかと…」
へ? 何? いいの?
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