輝と圭

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 A市にある総合病院は,昼下がりにもなると外来患者が減って1階の待合ロビーは閑散とし出す。2階にある産科病棟では, そこここから新生児の可愛らしい泣き声が聞こえている。  病棟の中央に設置されたナースステーションは,窓がないため昼でも煌々と明かりがともっているが,そのときは看護師はみな病室か新生児室に出払って無人だった。  ガラス張りのナースステーションの向こう側の廊下に奥まった箇所があり,ドアの無い入り口があった。日中でも薄暗い場所だ。入り口の上部に,白いプラスチックボードが掲げられたいる。「医療関係者用お手洗い」と。  その入り口に男二人が急いで近づき,辺りを気にしながら中に入って行った。先に入ったのはやせ気味の男で,後から入った男は先の男よりわずかに背が高かった。  入り口から進むと中央は壁で,男子用女子用に別れたドアは,仕切りの両端の離れたところにあった。二人は男子用に進んでドアを閉めた。中には個室が1つと小便器が2つ,それに手洗いシンクが,ゆったりとしたスペースに配置されていた。使うのは医師と男性看護師の限られた人数のみだろう。  先に入った圭(けい)は奥まで行き,磨りガラスの窓際に立った。その圭に近付いて行った輝(あきら)は,つと立ち止まって個室のドアに寄りかかった。  渋い顔立ちの輝には表情というものが無かった。渋いが故に,若干面白くなさそうには見える。 「…話って,何だ?」  ぶっきらぼうな物言いに圭が振り向いた。真剣な面持ちだ。 「わかっていると思いますが,勇翔のことです」 「…何のことだか,さっぱりだ」  再び吐き出された声はしかし,さっきよりわずかに低く硬くなっていた。圭は輝の視線をしっかりと捉えた。 「勇翔と友だちとして接して欲しいんです,以前のように」 「……」  輝が圭から視線を外し,向かいの壁を睨んだ。 「輝さんがゲイを,気持ち悪い,と思うのはどうしようもできません。でも,勇翔が輝さんたちとサッカーをしたり飲んだりする分には,彼がゲイだと思い起こさせるようなことは何も無いはずです」 「……」 「勇翔は俺には言いませんが,本当は輝さんとこんなに疎遠になってしまって淋しいんです。とても親しかったのでしょう? 銀司さんと慎太郎さんと4人で,長く気心の知れた親友だったのでしょう?」
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