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「そうです。俺は何の経験もなくて,勇翔に何一つ教えられませんでした。付き合い始めた頃は最後までできなくて,そのうちに, 勇翔がネットで学習して…ようやくできるようになったんです」
輝はまじまじと圭を見つめ,それからすっと圭から視線を外してほとんど目を瞑るようにした。
―あなたたち二人が高校生の頃にそういう関係になっていたとしても,勇翔がきっと上手くやっていたことだろう。きっと…
そこまで考えて圭は,はっとした。
―そうなっていたら,…もし一線を越えていたら,今頃二人はどうなっていたんだろう…
圭は混乱した。
と,輝を見て,驚いた。
輝の片方の目尻から,つーっと溢れるものが見えた。圭の感情も一気に溢れて心臓がばくばくした。
「あ,輝さん…あの…」
輝は微動だにせず言った。
「圭さん,…勇翔とはいつか元に戻れると思うけど,…俺に時間をください」
「…はい」
「悪いけど,俺を一人にしてください…」
「わかりました」
圭はそっとその場を離れ,廊下に出た。 圭の心の中でいろんな感情が入り乱れたが,泣くのは我慢した。ゆっくり時間をかけて輝の嫁の由美さんがいる病室に向かった。勇翔もいる場所へ。
その後,圭は何度も輝のことを考えた。 あのときの涙は何を意味するのだろう, と。果たして輝には高校生だった勇翔と輝が結ばれる姿が想像できたのだろうか。それとも,その後の別れまで見えてしまったのだろうか。
何度考えても圭には答えが見つからなかった。
輝が勇翔と元通りの付き合いができるようになったのは,一人目の子が生まれてから1年10ヶ月後だった。輝に二人目の子供が生まれ,見舞った勇翔に「毎年クリスマス・イブの夜に,俺の子供にプレゼントを届けに来い」と命じたのがきっかけだった。
勇翔はその年からいそいそと輝の家にプレゼントを届け始めた。勇翔がサンタの格好をし,その隣には,優しい目をしたトナカイが必ず微笑んでいた。
終わり
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