12年後

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「サンタさんありがとう……」  ツインテールの髪を揺らせて,美海(みう)がサンタの格好をした俺に行儀良くお辞儀をした。大きな包みを抱き締めて見上げてくるつぶらな瞳は,はにかみながらもちらちらと俺の隣のトナカイに視線を向ける。着ぐるみを着てトナカイのかぶり物をしていても,にっこり微笑む中の人がイケメンなのは6歳児にも明らかなようだ。 「よかったねぇ,美海」 「ちょっとあがっていけ。シャンパンとはいかないけど,お茶くらいならいいだろ」  銀司の誘いを正直期待してた。 「あざま~ス!もしかして寿司もあるのかなっ」 「あ,勇翔,今日はお邪魔したらダメだよ」  トナカイが俺の腕を引くから,靴を脱ぎかけてた俺は片足立ちでバランスを崩してしまった。 「圭さんも上がって!」  同時に美海が包みを横に放り投げて勢いよくトナカイの腹を引っ張った,いや,正確にはトナカイの着ぐるみを引っ張ったのだ。それでトナカイもバランスを崩して俺の腕を強く引いたから,結局俺は顔面から廊下に滑り込んでいった。サンタの顔面ダイブだ。 「あー,まだジンジンする~」  アパートの駐車場に着いて,シートベルトを緩めたその手で自分のあごをなでた。圭がくすくす笑う。 「ほんっとに見事にこけたよな,あごから」  美枝子さんがすぐに氷をポリ袋に入れてくれたから顎を冷やすことはできた。それから居間に上がらせてもらって,銀司の手作り寿司をちょっとだけごちそうになったね。 「あご,見せて……」  駐車場の常夜灯のおかげでお互いの顔ぐらいは見える。圭は俺の頬に手を添えて下から俺の顎を覗きこんできた。 「まだ少しは腫れているかもね」  圭の低くて柔らかな声が俺の耳を刺激する。見上げる圭の瞳が煌めいている。その顔が近づいて来たかと思うと,唇が俺のあごに優しく触れて離れていった。  圭との付き合いはもう13年になる。キスなんて何万回もしてきた。それなのにこんな風にされると俺の心臓はドクンドクンと高鳴って,まるでつきあい始めた頃のように圭に激しく欲情する。  いくつになっても圭はセクシーに俺を誘う。 「圭……」  俺の声は欲情漏れまくって掠れてしまう。圭の右手を取って俺の股間に押しつけるとやんわりと包み込むようにさすられる。俺が圭の唇にキスしようとすると顔を仰け反らせ逃げていく。 「まったくもう,サンタがこんなところでトナカイとイチャイチャしてたら,誰かに盗撮されてネットに上げられてしまうよ」  俺たちはまだサンタとトナカイの格好をしていたのだった。中途半端な状態でやめられるとちょっとツライ。始めたのは圭なのに……。  アパートに入ったら圭を抱くのと晩飯とどっちを先にしようか考えて,顔がにやけ足取りが弾んだ。部屋のドアを開けようとして俺たちは顔を見合わせた。ドアの上に小さなクリスマスリースが飾られている。リースにくくりつけられたひもがセロハンテープでドアにくっつけられていた。鍵を開けてふたりでそっと中に入る。電気を点けずに様子をうかがい短い廊下の先にあるドアに手をかけた。食べ物の匂いと大勢の人間の息づかい,さらにはひそひそ声としぃっとたしなめるような声がする。  勢いよくドアを開けると居間の電気が点いた。同時にジングルベルの軽快な音楽が鳴り響いた。 「メリークリスマス! 勇翔さん,圭さん、メリークリスマス!!!」  パンパンとクラッカーの音が鳴り響いて,驚いた圭が俺の肩にしがみつく。10人くらいの子どもたちが満面の笑顔で口々にメリークリスマスと叫んで俺たち二人を囲んだ。  俺たちの愛の巣が大勢の子どもに占拠されていた。 「何なんだ,お前たち!」  全方位から子どもたちに押されてもみくちゃにされて困惑していると,背の高い若者が子どもたちの後で立ち上がった。 「俺たちからクリスマスパーティーのプレゼントだよ」  にやりと笑うと小さな子どもたちがパーティー,パーティーと繰り返して蜂の巣をつついたような騒がしさだ。部屋の隅には折りたたみ式のプラスチックのツリーが置かれて,カラフルな電球がチカチカと点滅している。壁にはいろがみのわっかを繋げたやつがあちこちに垂れ下がり,『メリークリスマス』のカラフルな文字とクリスマスっぽいイラストが描かれた厚紙がカーテンの上にテープで貼られている。ローテーブルの上にはケーキやクッキー,フライドチキンにフライドポテトなどたんまり乗っていた。 「大雅(たいが)君が仕切ったの?」  俺の肩から圭が顔を上げた。ようやく事態が飲み込めて安堵した様子だ。 「山中4人兄弟でね。今まで俺たちが二人からいろいろもらってばかりだったから,感謝の意味で」  生まれてからずっとクリスマスプレゼントを届けてきた甥と姪,圭の弟の子どもたち,それに俺のダチの子どもたち。ここ数年,プレゼントを届けに行くのを辞退する子が出てきて正直寂しかった。それが,子どもたちの方からクリスマスをプレゼントしてくれるなんて……。めちゃくちゃ驚いて嬉しくて胸がいっぱいだ。  すずとりんが子どもたちをかき分けて俺たちをソファに誘導し,大雅と末っ子の彪吾(ひゅうご)が子どもたちをローテーブルの向かい側に座らせた。 「ここの鍵はお祖母ちゃんから借りて,子どもたちはそれぞれの親から迎えに来てもらうんだ。9時には撤収するから安心して」  なるほど,合い鍵を預けているお袋やこいつらの親(姉貴と俺のダチ)ががっぷり関わっているわけか。 「しかし不法侵入だぞ……」  一応眉をひそめて見せる。 「年に一度だけだから許して,勇くん」  すずがぺろっと舌を出した。くそ,我が姪ながらめちゃくちゃ可愛いな。 「さ,みんな食べたいものを自分で取って,それからスピーチの準備をしろよ」  大雅の言葉で子どもたちがわちゃわちゃと食べ物に群がる。見るとりんが二人分の食べ物をあらかじめ紙皿に取っていた。 「どうぞ,召し上がれ」  圭と俺に差し出す。姉貴の子どもの中で,一番義兄の浩二さんに似て気の優しい子だ。  食べ物はどれも手作りみたいで,食べてみるとそれなりにうまい。 「どれも美味しいな。子どもたちの手作りかな」  俺に向けた圭の顔,笑っているけど目が潤んでるし唇が震えてる。おい,泣くんじゃないだろうな,勘弁してくれ,圭が泣いたら俺ももらい泣きしてしまう。 「えーと,圭さんと勇翔さんの雰囲気が甘くなってきたから,俺たちのスピーチをさくっと終えて,早く二人だけにしてあげたいと思います」  ラブラブじゃん!ヒューヒュー!とはやす声が上がってきたから,お前らからかうんじゃねぇぞと睨んでやる。こえ~って言うのは慎太郎のとこの一人息子か。 「では俺から。圭さん,勇翔兄ちゃん,長い間俺たちにクリスマスプレゼントを運んでくれてありがとうございました。二人のお陰で俺たちのクリスマスはいい思い出ばかりです。しかも,今年は成人式を迎えた俺にスーツをプレゼントしてくれて,ありがとうございます。あのスーツを選ぶときにセンスのいい圭さんに付いてきてもらって,ものすごく助かりました。勇翔兄ちゃんの服が格好いいのも全て圭さんのお陰なのかと思うと,本当に羨ましいです。おさがりがあったら俺にください。これからしばらく,クリスマスにはこのメンバーでここにお邪魔して,みんなで二人の幸せな姿に癒されようっていう魂胆です。ていうか,二人のような素敵な関係を手本にして俺たちは成長していきたいです!」  そう言うと大雅は圭の前に進んで何やら薄い包みを差し出した。 「俺たちからのプレゼントです。あとで見てください」  圭に手渡しながら,自然な流れで圭にハグする。おいおい,大雅,お前なぁ!と思ったらすぐに俺に向いてにやっと笑うと「メリークリスマス!」と叫んで俺にもぎゅうっとハグしてきた。な,お前っ,苦しいいいいっ!周りの子 どもたちがどっと湧いた。大雅はぱっと俺を離すと「次!」と指示を飛ばした。 「はい,私ね」  すずが立ち上がった。 「二人のために今日はフライドチキンを作ってきたよ。いろんなスパイスを効かせておいしいはずなので,大人のふたりにもぜひ食べて欲しいで~す。……えっと,」  言葉を詰まらせる。それからなぜかじっと圭を見て,そしてふ~っと息を吐いた。 「えっと,実は……わたしの初恋は,圭さんなの!圭さんは昔からとっても優しくて素敵で,今も大,大,大,大好きっ。私も圭さんみたいな彼氏と巡り会いたいんだ」  ばっちり圭にウィンクした……。え,すずの初恋なのか,圭が,えっ,ええ?今も好きだと?圭に紙袋を渡すと勝手に抱きついてあっという間に離れて行った。 「あ~俺の初恋も圭さんだったなぁ」  大雅がとんでもないことを言うと「俺も」「私も~」と続けて声が上がった。圭は頬を赤く染めてうつむいてしまった。可愛い……こんな可愛い40歳いないっ! 「お前ら,圭は,俺の,だからなっ」  俺が圭の肩を抱いて引き寄せると「勇翔,ちょっ,やめろ」と圭が俺の腕から逃げていった。舌をぺろっと出してるすずをりんが座らせ,かわりにそのりんが立ち上がった。 「もう,すずちゃんたら……。あの,サンタさんとトナカイさん姿で長年プレゼントを配ってくれたおふたりには心から感謝しています。私はブッシュドノエルとあとで食べて貰えるように生チョコを作ってきました。ベルギー産のチョコレートを使って甘さ控えめです。圭さんと勇翔お兄さんに気に入ってもらえたらうれしいです」 「おー,この丸太のケーキ,すっげぇ美味かった」  俺が言うと圭も頷いた。 「パティシエになれるよ,りんちゃん」  その言葉にりんの顔が輝いて,ものすごく嬉しそうだ。みんな圭の言葉を有り難そうに聞くの,何でだ。  そのあと姉ちゃんの4番目の子の彪吾で山中家は終了。(あきら)の娘の結惟(ゆい)へと続く。化粧でもしているのか?唇がつやつやしてるし頬がピンクだ。背も高い方だし,由美さんに似た顔立ちが大人びている。 「……ほぼ生まれた時から勇翔さんたちはプレゼントを届けてくれました。ありがとうございます。これから私たちの成長する姿を見てもらいつつお返しできるのが楽しみです。私が作ってきたのはローストビーフで,ママから作り方を教えてもらったの……」  結惟は中学2年にしては落ち着いた子だ。ローストビーフ,めちゃくちゃ美味かった。年頃だしハグはなしだ。と,圭が俺の腕をそれと分かるように引いた。俺を振り向かせておきながら,圭はまっすぐ見てるだけだ。結惟に声を掛ける前に,結惟の弟で輝にそっくりな翔(かける)が話し始めた。そのまま慎太郎の息子,そして圭の弟の息子たちでスピーチは終わり,そいつらとは盛大にハグした。  輝に命令されて始まったサンタとトナカイのプレゼント配り,最盛期は10人の子どもたちに配ったものだ。毎年のこととなればプレゼントを選ぶのが大変だったし,初期は特に圭と俺が時間を合わせるのが大変だった。仕事上がりの圭を携帯ショップ裏で拾って車の中で着替える年もあった。着ぐるみを着た俺たちを見て泣く子もいれば,反対に俺たちにしがみついて離してくれない子もいたな。12年間のいろんな場面がいっぺんに頭の中を駆け巡る。でも,続けててよかった。ホントに。こうやって子どもたちから出張お返しパーティーをしてもらえるなんて感無量だ。愛されているよな俺たち。俺もお前らを愛してるぞ。  持ち寄った食べ物で腹を満たすと,男子は俺に腕相撲を挑みテーブルの端で列を成した。女子は圭とプレゼントを開きながら俺たちに声援を送る。子ども好きな俺には天国みたいな時間だ。酒も飲んでいないのにへらへらと笑いっぱなしだ。圭も笑顔だし,いつまでもこの時間が続けばいいのに……,気付けば俺の胸の内はそんな思いでいっぱいだった。  突然大雅が部屋の真ん中で立ち上がった。 「みんな,時間だ。片付け始めろ!」  圭の甥っ子と腕相撲していた俺は,大雅の声に動揺してあっさり負けてしまった。俺の背中にしがみついていた小学生男子3人がバッと俺を捨て去り,脱兎のごとくゴミ袋に向かった。え?え?何だ?まだ,いいじゃねぇかよ!  年上の子が飾りをバリバリはぎ取って大きな袋に詰め,小さい子は紙皿紙コップ割り箸を容赦無くゴミ袋に突っ込み始める。床にモップが掛けられ,テーブルは磨かれ,ほんの5分程度で部屋は綺麗に片付いてしまった。シンデレラがカボチャの荷馬車を失った時ってこんな気分だったに違いない。ただ1つ、折りたたみのツリーにはまだライトが点滅してる。 「このパーティーはもう何年か続けたいんだ。だから,部屋をきちんと元通りにするのは必須なわけ。圭さんたちに迷惑をかけないってことがね」  大雅が自慢げに言う。ああ,大した企画力と統率力だよ。 「それに俺たちの親にとってもいい機会なんだ。俺たちがここにいる間,親は夫婦水入らずでレストランでクリスマスディナーを食べてたりするんだ」 「へえ,それはいいね。大人もクリスマスを楽しめるんだね」  圭が感心したように言う。そうか,それだと親の協力も得やすいな。たかだか2,3時間でもな。 「来年は,俺,彼女を連れてくる予定だから,楽しみにしてて」  大雅が豪語すると,小さい子たちが「本当にカノジョいるの?」「早く会ってみたい!」とはやし立てる。そうやって最後までわいわいと騒ぎながら部屋を出る。俺と圭は玄関で子どもたちをハグしたり頭をぐしゃぐしゃに撫でたりくすぐったりして送り出す。  にぎやか小学生坊主のあとに中高大学生が続く。結惟が出て行く時,俺のところで立ち止まり小さな声で言った。 「勇翔さん,あとで連絡してもいいかな。話したいことがあって……」 「ん?いいよ。L○NEってことだよな?」  結惟は頷いて,足早に外へ出た。スマホを持っている子は俺たちとL○NEで繋がってるから,わざわざあんな風に言う必要ないんだけどな。  俺たちも外に出ると,確かに駐車場やアパート前の路肩にそれぞれの親が車を停めていて,みんな9時前には親と帰っていった。親たちも忙しい日になっただろうけど,みんなにとって楽しい時間だったから結果オーライだよな。  部屋に戻ると,子どもでいっぱいだったリビングががらんとして見えて,静けさが際だった。でもツリーと子どもたちからのプレゼントが残されてる。プレゼントは手作りチョコやクッキー,エアプラントに小さなプラモデル,これ お菓子のおまけじゃないかよ? 「あ,大雅君がくれたの,ミニアルバムだよ」  声を弾ませて圭が開いたミニアルバムには,俺たちふたりがクリスマスプレゼントを配った時の写真が30枚くらい入っていた。それぞれの家の玄関先で,子どもたちと一緒に取った記念画像だ。子どもたちが赤ちゃんから徐々に成長していく様子がわかる。どの子も可愛いよな,ホントに。そしてサンタさん&トナカイの俺たち……。 「12年,あの子たちのクリスマスに関わることができてよかった」 「ほんとだな。輝に言われたときは理不尽だと思ったけどさ,すぐに俺たちの楽しみになったし」 「輝さんには感謝してる。俺たち,子どもをもつことができないから……」  俺は圭の肩を強く抱き締めた。 「子どもがいない分,俺が圭のことを愛してきただろ。24時間,365日,14年間」 「……ん。でも,勇翔,あのメンバーの中の女の子に注意して。思わせぶりなことをして,相手を傷つけたりしないようにね」 「は?な~に言ってるんだよ,さっき3人の子どもから初恋の相手だったって告られてたよな。や,待て,大雅とすずはもう成人だぞ!あいつら,まだ圭に執着してるんじゃ……」 「勇翔!問題をすり替えるなよ,お前に執着してる子がいるってことだよ!」 「圭……大丈夫だって,信じろよ,俺のこと」  この手の話題で小さな言い争いをすることがよくある。今回は相手がおむつをしている時から知ってる子どもだ,犯罪だぞ。いい加減,俺が女(の子)に鞍替えするんじゃないかっていう脅迫観念を克服して欲しいよ。 「よし,俺がどんだけ圭に執着してるか証明してやるよ」  できるだけ低い声で怖そうに言うと,俺は圭を抱き寄せそのままお姫様だっこしてどすどす寝室に向かった。 「や,勇翔,やめろ,下ろせっ,これいつものパターンじゃないかっ」  圭をベッドにどさっと下ろす。 「そのいつものパターンを始めたのは,圭だからな」  俺たちはまだサンタとトナカイの着ぐるみを着たままだった。
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