ある晴れた午後

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 運転席からコチャコチャと小言を言いながら、俊秀が水のペットボトルを押しつける。  ビール一杯くらい酒のうちに入らんが、と言い返えそうと思った途端、BMWが、ずいと発進した。  ペットボトルの蓋を捻り開け、冷たい水をひとくち含む。 「今日は里中の……智絵ばあさんのとこの月参りやったかな」  ボソリとつぶやく儂に、ハンドルを握る俊秀が、ルームミラー越しに頷いた。 「月参りなんぞ、儂など呼びに来ずとも、お前ひとりで行けば良かろうが、俊秀」 「何言っているんですか、『絶対に、御院家さんに』って、言われてるんですよ。里中さんのトコロとうちの寺とは、長い付き合いなんでしょう?」  まあ「長い」と言えば、長い付き合いになるか。なんせこっちとら、ガキの頃には、あの智絵ばあさんの風呂を、何度か覗きに行ったこともあってだ。いや、もちろん、その頃の智絵ばあさんは、ばあさんってわけじゃなく。こう、なんとも脂の乗り切った良い感じの―― 「御院家……何を考えているんです?」  俊秀が、冷ややかな声を出す。儂はまた、水をひとくち飲んでやり過ごした。  と、俊秀が、声音を和らげる。「もうすぐ一周忌ですね、智絵ばあさん」 「早いもんだ」  ペットボトルの蓋を閉め、シートの上に放る。壜は座面をコロコロと転がり、風呂敷包みに当たって止まった。包みの中は、おそらく数珠に経本に、その他もろもろだろう。  要るモンは、俊秀が、キチンと一式を用意してきているはずだ。  開いて中を見てみるまでもなく、何も不足はあるまいて。 * 「御院家、トイレとか、大丈夫でしょうね。着くなり御手水を借りるなんて、みっともないことしないで下さいよ」  車から降りれば、また俊秀が細かいことを言い始める。いい加減、やかましい。デパートにいる幼稚園児の母親か? まったく、誰に似てこんなに口うるさくなったのやら。  横目で見上げて睨み付けていたら、俊秀と目が合った。 「なんです?」高いところから、ボソリと無愛想な声が降ってくる。 「いやな、まあ……坊主にしておくには勿体ないような、いい男だと思ってな」  こう言い返してやると、俊秀の仏頂面が――いやいや、こいつは仏さんに、はなはだ失礼な言い回しではあるが――ぽっと、赤くなりよった。  ちょっとばかり胸がすく。  
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