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「それにしても、俊(とし)くんも、立派になんなさったねえ」
しきりと俊秀に水羊羹を勧めながら、里中の嫁さんが言う。こいつが、自転車でそこらへんを走りまわっとった「俊之(としゆき)くん」だった頃が、まだまだ頭の中から抜けんのだろう。
無理もない。儂だって、偉そうに小言を垂れるコイツに、「ついこの間までランドセル背負っておりよったくせに」と思えてしょうがない時がある。
「背も高うなって、いやあ、ハンサムになったわぁ」などと言いかけて、里中の嫁さんは、あわてて手で口を押えた。
「あれあれ、お坊さんにこんなこと言うたら、失礼でしたねぇ」
いやいや構いませんよと、儂は一応、嫁さんに助け船を出す。
すると、それまではただ、ニコニコと黙って座っておりよった長男坊が、
「ほんとほんと、俊くんは、日活ニューフェイスばりのいい男だよ」などと調子づいた。
この長男坊ときた日には、儂とそう変わらん歳だというのに、なぜこんなに、言うことがいちいち古いのか。まあ、昔から鈍くさい男だったが……。
俊秀のヤツ、「いい男いい男」とおだてられて照れよったのか、まなじりをほんのり赤くして俯いておる。
そりゃ、黙って立っていりゃ、確かに、なかなかの見た目かも知らん。だが、この若坊主、口うるさいわ酒は飲めんわ、おまけに、車の趣味は悪いわで、どこが「いい男」なものか?
――さて、そろそろ立ち去る潮時だろう。儂はわざとらしく、俊秀に目を向ける。
と、俊秀も心得たもので、すかさず腕貫をずらし、腕時計に、ちらと目をやった。
「そろそろ、次がありますので」渋く低く、俊秀が言う。
その美声に、ぼうっと聞き惚れる嫁さんの脇腹を、長男坊が肘で小突いた。
里中の嫁さんは、慌てて、白い包みを俊秀の横へと滑らせる。俊秀がそれを両手でおし頂いた。
コイツも、御経料を懐におさめる所作が、随分と板についてきよった。
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