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おかえりなさい。
心の中で、わたし、何度も繰り返し唱えた。
そのたび、胸いっぱいにオレンジの香りが充満する。
どうしようもなく、両方の頬ほころばせてしまうから、キュッと唇を真一文字にして、こらえるの大変だった。
買ったばかりの、赤のタータンチェックのワンピース。
裾の黒いファーが、ジョッキーブーツの丈よりもはるか上で、素足の太ももを撫でる。
早くあなたに、わたしの姿を見てもらいたい。
かわいいね、って褒めてもらいたい。
たったそれだけで、わたしが今を生きる意味が、ここに産声を上げる気がするから。
反対側のホームでは、肩を寄せ合う恋人たち。
グリーンのベンチの上、互いの手のひらと、時間までをも重ね合っている。
いったいどんな愛の歌が、そこには奏でられているのだろう。
響き渡る、次の到着線を知らせるアナウンス。
と同時に、線路の先から、びゅう、と吹き込む風。
避けるように、黒いコートの襟を立てて、自分の顔をくるむ。
吐き出す息が白い。
もうすぐ、あなたに会える。
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