チョコレート・エクスプレス

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わたし、大きく息を吸い込んで、まだうなだれているあなたに呼びかけた。 練習してきたセリフを、ゆっくりと、確実に吐き出す。 「おかえり」 あなたは目をくるんと回して、でもすぐに、鮮やかな花弁がひらくように、ほがらかな笑顔を見せた。 それから、ボストンバッグを放して。 わたしの手を取った。 温かいあなたの手は、まるでタンポポの綿毛みたい。 凍りつく寸前のこぶしが、ふわりとゆるんだ。 「ただいま」 これから二人は、この街でずっと一緒。 会いたいと思ったらすぐに行ける距離に、お互いがいるの。 それは、すごく素敵なこと。 すごく幸せなこと。 おかえり。 おかえりなさい、大好きな人。 最後に、あなたが言った。 斜め上を見上げながら。 「そのカッコ……かわいいね」 ふん、と鼻先に、オレンジの香り。 春は、きっと、もうすぐそこ。
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