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懐かしさに思わず声をあげてしまう。
同じジャケット、同じ盤面、しかし1枚は圭介が茅夏に贈ったコピーだ。まだふたりが付き合い始めた頃、圭介がお気に入りだったアルバムを茅夏にも聴いて欲しくてプレゼントしたのだ。
「これ、いいね。3曲目が特に好き」
家に帰った茅夏から、メールが届いた。自分が好きなものを、相手も好きだと言ってくれたのが、嬉しくて、すぐにケータイで電話した。
たった1枚のアルバムの感想で、2時間も3時間も話せたのだ…あの頃は。
ハンドルを握りながら、圭介が鼻歌を歌い、茅夏がそれに合わせて歌う。
この曲を聴いて何度、ドライブしたかしれない。そして、茅夏の嫁入りと同時に、再びこのCDは圭介の手元に戻ってきた。
「懐かしいな…」
結婚して5年。聞かなくなって久しいメロディが、急に圭介の頭の中で軽快に流れ出す。
コピー版はもう要らないのだが、今も仲良くオリジナルのものと並んでるそれを、処分する気にはなれなかった。
同じ音楽を聴いて、同じご飯を食べて、同じ時間を過ごしたい。そんな想いを強く抱いたからこそ、結婚したのに、どうしていつしか気持ちは冷め、互いの存在を当たり前に感じてしまうのだろう。
出て行け、なんて、ひどいことを言った。
自ら放った言葉を悔やんでみても、取り消せないし、謝ることすら出来ない。
(あいつ、何処に行ったんだ…)
茅夏の行方が急に気になった。
『実家に帰らせて頂きます』は妻の切り札の常套句だが、身一つで簡単に、彼女を受け入れてくれる家族が、茅夏にはもういない。
拝み倒して友人のところか、或いはひとりでホテルでも行くつもりなのか。どちらにしても、居心地悪いだろうに、それでも圭介といるよりはいい、という判断を下したのか。
涙も見せずに荷造りしてた冷静な態度は、逆に茅夏の怒りの深さと大きさを表してるように思えて、圭介は背筋が寒くなった。
どうせ、すぐに帰ってくるものだと高をくくっていたのだ。
だが、何故そんな悠長な確信めいたことを思ったのか。ちょっと前の自分の後頭部を殴り倒したい。目を覚ませ、と。
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