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「じゃあねっ」
これ見よがしに、新婚旅行の時に買った、大きくて頑丈なスーツケースを持って、妻は出て行った。
その背中を見送ることもなく、バタンと閉まったドアの音と、その後ご丁寧に鍵を掛けたカチャカチャとした金属音が、圭介のいたリビングにも聞こえてきた。
さっきまで激しくも不毛な議論が交わされていたリビングも、圭介ひとりになると、途端に無音の空虚な場所になる。
夫婦喧嘩のきっかけは圭介の買い物だ。
テーブルの上に散乱したCDが複数枚。これが騒動の引き金だった。
ジャケット違いの同じ中身。
確かに興味のない者にしてみたら、無駄使い以外の何物でもないだろう。だが、趣味の買い物なんて往々にしてそうじゃないか。
ぶっちゃけ女性物のブランド品だって、実用だけで言うなら、あんなに値が張るものを買う必要はないのだし。
結局は価値観の違いなのに、どうしてああも口汚く罵り合ってしまったのか。
圭介の無駄遣いを指摘して、「私は欲しいものがあっても、我慢してるのに」
と妻の茅夏(ちなつ)は主張した。
我慢なんてすることない、圭介がそう言い返すと、茅夏は預金通帳と給料明細を出してきた。
茅夏としては、余裕のない経済状況を訴えたかったに過ぎないのだろうが、一家の大黒柱として、妻に欲しいものも買ってやれない甲斐性なしと認定されたように思えて、圭介の怒りに拍車が掛かった。
いちばん身近な存在だからこそ、傷つけ合ったらその傷は容赦なく相手を抉る。彼女にだけは言われたくないと思うことを、どうして彼女は遠慮なく言えるのか。
そして圭介は茅夏程、効果的な言葉の刃を使えない。結果、甚だ短絡的で幼稚な一言が飛び出してしまうのだ、即ちそれが「出て行け」だった。
圭介名義のローンを組み、実際払っているのも、圭介だが、しかし、夫婦ふたりで住んでいて、掃除やらその他の家の管理は、すべて茅夏がやっている以上、この家は圭介だけのものではない。出て行けなとど一方的に命令出来るものではないことは、言った方も言われた方もわかっていたのに。
しかし、茅夏は自らの権利を主張することなく。
「出て行く」
啖呵を切って、そのまま荷造りを始め、出て行ってしまったのだ。
追い出したというより、圭介が捨てられたという表現の方が、正しいくらいの茅夏の毅然とした態度だった。
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