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(本当に出て行くことなんかないのに)
出て行け、と言ったのは自分なのに。
玄関に飛び出して行って、靴を履く妻に、「やっぱり出て行くな」と本音を吐き出すこともしなかったくせに。
妙に妻に対して腹ただしい気持ちになるのは、つまり悔しいのだろう。鮮やかに、未練げもなく、立ち去って見せた妻に完敗した気分だ。
(茅夏の奴…)
むしゃくしゃして、ポケットを探って、目当てのものがないことに更にイライラは募った。
増税と健康を理由に、タバコは、先月やめたのだった。そんなことも頭から抜け落ちていたほど、血が昇ってるらしい。
(じゃあ、酒にしよ)
我ながら呆れるくらい単純な行動パターンだ。しかし、冷蔵庫を開けると、いつもは圭介の好きな銘柄が2.3本はストックされているのに、今日に限って何もなかった。
「マジかよ…」
思わず誰もいないのに、ひとりごちてしまう。
タバコなし、酒もだめ。こうなると、俄然やることがなくなってしまう。それこそ、買ってきたCDでも聴けばいいのかもしれないが、喧嘩の原因になったもので、気が削がれるとは思えなかった。
実はまだ、茅夏が出て行ってから15分も経っていない。途端に暇を持て余してしまう自分に苦笑いだ。
とりあえず、諸悪の根源を目の届かない場所に閉まっておこうと、圭介はリビングのサイドボード前に跪く。
収納スペースの棚は既にいっぱいになっていた。
「そんなに買ってどうするの?」
とは、先ほどの茅夏の言葉だが、一理も二理もある。
僅か1センチにも満たない透明のプラスチックケースを2枚、入れるだけの隙間もないのだから。
古く、もう聴かなくなったものを処分しようと、掌でつかめるだけ、CDケースを取り出す。
ジャケットを1枚1枚眺めていると、続けざまに2枚同じものが出てきた。
「これ…」
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