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「帰るぞ」
もっと下手(したで)に出るつもりだったのに、ぶっきらぼうで言葉少なに圭介は言う。もう少し、フォローの言葉は必要だったろうか、運転しながら、横目に茅夏の横顔を窺うと、寧ろ彼女は嬉しそうに微笑んでた。
「新しいCD聴かないの?」
からかうように茅夏は言う。
今、車内で流れてるのは、圭介が茅夏に贈ったコピーの方のCDだ。アップテンポの曲に、伸びやかな澄んだ歌声。2月の黄昏には似つかわしくない、夏の青空を連想するようなJポップ。理由を話せば、きっと妻だって機嫌が良くなることはわかっていても、照れてしまう。
「うるせえ、たまには聴きたくなったんだよ」
やっぱり自分は、妻を喜ばせる甘い台詞のポンポン吐ける男にはなれないらしい。けれど、茅夏はさっきよりも頬を緩ませて、こう言った。
「…ただいま」
さりげないその言葉に、胸が熱くなった。
やっぱり、圭介の隣には茅夏が必要なのだ。
普段なら、自分が仕事帰りに言う挨拶。逆に圭介はいつも、茅夏が言ってる言葉を返さなければならないが、これが意外に難物だった。
「お、お、お帰り」
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