第一部/担当編集×小説家①<2>

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不意にイスが動く音が聞こえた。 何事かと思って振り返ろうとした時、すぐ傍に佐谷さんが立っていた。驚いて思わず目を瞠った。 「フッ素加工されたフライパンは、洗った後自然乾燥させるのではなく布巾で水を拭き取ると長持ちするんですよ」 僕が手を伸ばすより早く、佐谷さんは焼きそばを炒めるのに使ったフライパンを掴むとキッチンペーパーで軽く汚れを拭き取ってからスポンジで表面を洗いはじめた。 「俺、こう見えて家事は得意なんで。掃除と洗濯は特に」 クルクルと小刻みに手を動かしながら丁寧にフライパンを洗っていく。水を流して洗剤を落とすと、彼は言った通り布巾で水滴を拭いてから元の場所にフライパンを戻した。 「道具は扱い方一つで物持ちに随分差がでるんです。次からはこうして洗ってください」 「……わ、分かりました」 「さて、では原稿を出してください」 彼はポケットに入れていたハンカチで手を拭くと、荷物を広げていたテーブルへ戻って途端にいつもの担当の顔に変わった。 「今日はこの後、一つ依頼したい案件があるんです。後片付けも済んだので、もう仕事の話をしても構いませんよね?」 「は、はい、お願いします……」 こう見えて家事は得意なんで。掃除と洗濯は特に。 (佐谷さんが、家事をする…) 呆気にとられていた僕は完全に彼のペースに飲まれながら、濡れていた手を拭いて催促された原稿を取りに隣の部屋へ行った。封筒に入れた原稿を手渡しチェックが終わると「雑誌のインタビューと対談の依頼が来ている」という旨の話を受けたが、僕はその時もまだ『家事が得意な佐谷さん』という意外な事実に驚いたままで話を半分に聞いていた。 「聞いていますか?」 「え?」 「『え』じゃありませんよ。人が話しているんです、ちゃんと聞いていただけませんか?」 「……すみません、何でしたっけ?」 彼が苦手でたまらず過ごしてきた二年。 今日ほんの少し、本当に極僅かな分だけ、彼の印象に変化が生じた。
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