第四部/担当編集×小説家⑪<6>

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湯船の中は浮力が働くことで腰を浮かせやすく、窓がない分いくら喘いでも外へ声が洩れることもない。動く度に水面から音を立てて床にお湯が零れていくのを、僕は佐谷さんとキスをしながら横目でちらりと覗き見る。 お湯の色がまるで空を映した海のように深く、青い。 ここは一般的な賃貸マンションでリゾートホテルや水上コテージのようなラグジュアリーな空間ではないけれど、狭い湯船だからこそ空いたスペースも生まれずに少しの間もなく身を寄せて佐谷さんを感じることができる。 「ぁ……っ、ちょっと、待っ」 「何? 相楽さん?」 「ナカ、まだちゃんと、掻き出してない……」 「いいですよ、そんなの。これからまだ増えるんですし」 お尻の膨らみを佐谷さんの手に支えられ、浴槽の底へ沈み込まないように踵も使って体を固定された。 開いた脚は佐谷さんの腕の両側へ。いくらお湯が青いと言えど、彼の目からは僕の性器もお尻の入口も全部よく見えてしまう。 「ぁっ、やだ、恥ずかしい……っ」 「恥ずかしい? 相楽さんが? 自分からこうして俺に跨いできたのに?」 「そ、れは……佐谷さんに、」 「……俺に、何?」 「佐谷、さんに、……触って欲しい、から」 「相楽さんは、見かけに寄らず随分エッチですね」 そのキスはご褒美のキスであると、触れた舌先からそう伝わった。 顎に添えられた掌がとても心地が良い。 そのまま首へ下ろし、胸から腹、脚の付け根へと順番に滑らせると、最後に内腿を撫でてから先端に触れ、親指の先で閉じた鈴口を引っ掻かれた。 「ふぁ……っ! ぁ、あっ」 「昨日からこれで何度目でしょうね?」 お湯の中で佐谷さんの手が上下し、硬くなり始めた性器を繰り返し扱いて角度を変えられる。 水温とも相まってそれは随分と赤く色が変化していた。 佐谷さんのと比べれば僕の方がより濃く色鮮やかであることは一目瞭然。入浴剤が入っていてもその違いが分かるのだから、お湯の外で見ればその差はもっと歴然だろう。 「カワイイですね、相楽さん」 「あっ、ぁっ」 「こんなに硬くして、こんなにも赤くして、そんなに俺の手が好きなんですか?」 「す……き、ぁっ……すき、は……んっ」 グラリと体勢を崩しそうになったので、咄嗟に佐谷さんの肩を掴んで落ちないように体を支えた。佐谷さんもお尻に添えていた手を腰に移し、後ろに倒れないよう少し前屈みになって水圧を抑する。 「ご、ごめんなさい、今」 「大丈夫です。それより、この体勢が辛いようならもっと楽なものに変えますが」 「いえ、このままで……、この状態が良いんです」 空いてしまった距離を埋めるように改めて佐谷さんに抱きつくと、勃ち上がった性器を彼の腹部に押し付けて首筋に頬を埋めた。 「相楽さん?」 「……名前」 「え?」 「名前、呼んでくれないんですか?」 それは僕の我儘であり、彼に対する甘えたい気持ちの表れだった。 我儘を言うなんて、これまでの自分には想像していなかった。誰かに言われることはあっても、自分が誰かに言うことはないだろう。それは両親でもあり、仕事の関係者やたまに会う琴美ちゃんが相手でもあったり、何かをお願いするということは自分の我を通すこと。我儘とは言ってはいけない言葉の一つであり、相手を困らせる行為であると、そう思ってきたのに。 「名前、呼んでください」 「……相楽さん」 「僕の名前、さっきみたいに『樹月』って……佐谷さんに、呼んで欲しいんです」 佐谷さんを例え困らせたとしてもそれは相手が僕なのだから、笑うなり頭を撫でるなりして機嫌を取ればいいのだと開き直りの気持ちでいた。 何故なら佐谷さんは恋人なのだから。僕の体に触れて、僕を何度も貫いて、佐谷さんとしか出来ない行為を幾つも僕に教えて覚えさせてきたのだから。
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