第一部/担当編集×小説家①<1>

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『効率的な仕事の為にも、これからはデータでお願いします』 彼に言われた言葉は衝撃的だった。二年経った今もはっきり覚えている。 デビューからずっと二人三脚でやってきた担当の宮部さんから変更になり、新しく担当になった彼は引き継ぎ後に日を改めて行った一対一の打ち合わせで、冒頭僕にそう告げた。 新しい担当の名前は、佐谷真琴。僕より歳は一つ下で、担当をもつのは今回がはじめて。長身で茶髪、切れ長の目をしてニコリとも微笑まない彼は、第一印象から几帳面でやや冷たい人のように感じた。案の定、淡々と語る彼の言葉に何も返さず黙っていると、手元のコーヒーカップをソーサーに戻し僕の名前を短く呼んだ。 「聞いていますか?」 「え?」 「あなたが無口なのは知っています。が、必要最低限の返事は行ってください。何の為の打ち合わせだと思っているんですか」 「……」 僕はこの時、彼のことが一瞬で苦手になった。 彼の云う通り、僕は普段からあまり人と話しをすることがなかった。人付き合いが苦手だとか話すことが苦手だというわけではないが、タイミングだったり必要性だったり、僕が何かを言う前にだいたいいつも勝手に話が進んでいき、内容にも特に不満を感じたりしないから反論することもほとんどない。 彼のようなタイプは予想外だ。もしかしたらこれが世間一般なのかもしれないけれど、僕にとっては彼は例外だ。 こんな彼とこれから先、共にやっていかなければいけない。 何故、宮部さんは僕の担当から外れたのだろう。問題を起こしたわけでも、わがままを言って困らせた覚えも特にない。尋ねても理由は何も言っていなかった。世代交代だ、ただそれだけ言っていつものように笑っていた。 「それでは相楽さん、来週原稿を取りに伺いますので」 「……」 「時間は追って連絡します。あとこれ、俺の連絡先です」 受け取ったメモには電話番号とメールアドレスが書かれていた。
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