第一部/担当編集×小説家①<1>

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「……もしもし」 「またあなたは! あれだけ手元に置いておけと言っているのに、何度同じことを言えば話が通じるんですか!」 電話が繋がるなり通話口から彼の声が飛び出した。 予想通り、怒っていた。僕は電話に出ないことをいつも彼に怒られる。 「全く……、また夢中になって書いていたんですか?」 「……すみません」 「一応聞きますが食事はきちんとしているんですよね?」 「朝ご飯なら食べました」 「はっ? 朝って、もう夜じゃないですか。あなたと云う人はどうしてそう……っ、一刻も早く何か食べてください、何か!」 「はぁ……」 何か食べろと言われても、今はあなたと電話しているのだから無理な話なのでは。 散々怒られた後、彼は今週締め切りのコラムの進行状況を確認してきた。もうとっくに出来上がっていることを伝えると、他の用事のついでに明日こちらに取りに来ると言う。 原稿がデジタルに変わった時、FAXやメールを利用していた時期もあったが、僕が執筆に夢中で食事を摂らなかったり買い物に行くのを忘れたりすることを知られてしまってからは『作家の健康管理も担当の仕事だから』と、その都度こちらまでやって来るようになった。 明日また彼が来るのか。そう思うと、気が重くて溜め息が出た。原稿を渡したらなるべく早く帰ってくれたらいいのに。そんなことを思いながら相槌を打っていると、また電話口で怒られた。 彼が嫌いだとは思っていない。時間は守るし、言っていることは正しいし、どちらかと言えば真面目で仕事熱心な信頼できる相手だ。 だけど、やっぱり苦手だ。嫌いと苦手は全然違う。 「とりあえず、電話を切ったら何か食べてください。冷蔵庫には何があるんですか?」 「玉子とうどんならあります」 「なら大丈夫ですね。今夜は冷えますから、ちゃんと湯船にも浸かって寝るように」 「……」 「聞いていますか?」 「聞いています」 なんだか子供みたいだ。夕食と入浴の心配までされた後、僕は電話を切って風呂場にお湯を張りに行った。 うどんを食べて、お湯に浸かって体を温める。 明日やって来た時にまた怒られてはたまらないので、僕は言われた通り食事を摂って風呂を済ませると風邪を引かないように肩まで布団を被ってその日は早めに就寝した。
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