第一部/担当編集×小説家⑥<1>

2/4
6102人が本棚に入れています
本棚に追加
/262ページ
意欲が上がれば質も上がる。質が上がればより面白いものが生み出され、それを手にした読者が作家の魅力を再確認し、そして長いファンとなっていく。 良い作品に出会えば誰かに話したくなる。聞いた人はそれを手にとってみたい欲求が生まれ、人伝いに読者はどんどん増えていく。 自分の仕事は、そんな相楽さんの創り出す物語全てを世に送り出していくことだ。作家と担当は常に二人三脚の関係であり、創り出されたものをいかに多くの人の目に留め、魅力ある作品に仕立てていくかが成功を引き寄せる鍵となるのだ。 「俺も頑張らなければ」 春が過ぎると、彼の担当になって三年となる。四年目になる今年は、それまでとは異なりもっと積極的に内外へのコミュニケーションを図っていき、相楽樹月という作家を世の中に浸透させていきたい。 彼の才能は本物なのだ。まだ内に秘められている実力と共に、彼の可能性を引き出していく。それが担当である俺の仕事なのだ。 ブーブブッ――― 「ん?」 乗り換えの駅まであと少しというところで、ポケットに入れているスマートフォンが振動した。 振動がすぐに止まったので、これは電話ではなくメールの受信だ。俺はポケットからそれを取り出し、画面を指で操作した。 『佐谷さん、うちにペンケースを忘れていませんか?』 「えっ! 相楽さんっ」 送信者はさっき別れたばかりの相楽さんだった。 メールを見て慌てて鞄の中を探すと、言われた通り持ってきた筈のペンケースが入っていなかった。帰り支度をしている時、テーブルの上のペンケースを鞄に入れ忘れてしまったのだ。 そういえば丁度あの時、相楽さんが床にお茶をこぼしてしまい一緒になって掃除をしたのだった。ペーパータオルやら雑巾やらと慌てている内にすっかり頭から抜けてしまい、きちんと確認もせずそのまま出てきてしまった。原因はまさにそれだ。 『すみません相楽さん、すぐに取りに伺います。ご迷惑をお掛けして申し訳ありません』 忘れ物をするなんて最悪だ。相楽さんに迷惑を掛けてしまったことが申し訳なく、俺はすぐに返信した。
/262ページ

最初のコメントを投稿しよう!