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第一部/担当編集×小説家⑥<2>
朝の天気予報で今日は『春一番が吹く』と言っていた。
その言葉通り、連日続いていた冬の寒さとは打って変わって日差しもあってとても温かく、防寒にと思ってジャケットに合わせたマフラーは家を出る直前に薄手のストールに巻き直した。
人の流れに乗りながら電車を降りて、乗降客で溢れかえる構内を抜けていく。待ち合わせに指定した駅前広場は俺からの提案だった。この駅で待ち合わせといえばここが一番有名だし、景色が開けていて分かりやすいから土地勘がなくても迷いにくいと判断したからだ。
少し早めに行くのがマナーと思い十分前に着くよう先を急ぐ。遠くから来る相楽さんを待たせるわけにはいかないし、何より自分が先に行って後から来る彼を迎えたいと思った。「お待たせしました」「いえ、全然」なんてお決まりの言葉を期待したり、彼との待ち合わせにだいぶ浮かれているのが自分でもとてもよく分かった。
トゥルルルル―――
時計の針が丁度十二時を指した時、ポケットの中のスマートフォンが鳴った。
「もしもし」
「もしもし、相楽です」
「ああ、相楽さん。どうされました?」
「すみません、人が多くて見つけられなくて……どこにいらっしゃいますか?」
「時計の前です。今日はベージュのジャケットを着てきました」
「ベージュのジャケット……」
耳に端末を当てながら、俺は辺りを見回して相楽さんの姿を捜した。
向こうも同様に俺を捜しているから、キョロキョロと忙しなく動いている人物を追っていけばいい。
「あ、いた!」
相楽さんが電話の向こうで独り言を呟いているのを聞きながら、先に俺が彼の姿を見つけた。通話を続けながら駆け寄ると相楽さんもこちらに気付いて、堅かった表情がやわらかく解けたように見えた。
目が悪い相楽さんは、コンタクトレンズではなくいつも眼鏡をかけて生活している。愛用しているのはモスグリーンの細いフレームの眼鏡で、肌の白い相楽さんによく馴染んで非常に洒落た着こなしをしていた。
以前「よく似合っていますね」と褒めた時には若干戸惑いながらも「店員に勧められて」と嬉しそうにしていて、少し照れて目を逸らす仕草を『可愛いな』と思ってしまったことがあった。
「あれ? 相楽さん、今日はそれ」
無事に落ち合えた俺は、相楽さんの眼鏡を指して首を傾げた。
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