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「そうだ、これ」
肩に掛けていたバッグの中に手を入れ、相楽さんが俺にペンケースを差し出した。
「忘れない内に渡しておきます、どうぞ」
「あっ、すみません! どうもありがとうございます」
「いえ。早く届けられて良かったです。ないと不便だと思ったので」
「本当にすみません。俺の為にわざわざここまで来ていただいて…、次から十分気を付けます」
「そんな大げさな。それに、呼び出したのは僕ですから。お礼ならこちらが言うべきです」
そうなのだ。今日のこの待ち合わせは、俺からではなく相楽さんから提案されたものだ。
ペンケースを忘れたのは単なる自分の不注意だが、その連絡をきっかけに『待ち合わせしましょう』と誘ってきたのは相楽さん。俺はその誘いに驚き過ぎて、駅のホームで思わず声を上げてしまったほどだ。
「そ、そうです、相楽さん。付き合って欲しい所があるっておっしゃっていましたが、何処のことですか?」
「ああ、そうでした」
本題に入りましょう。このままでは俺がいつまで経っても落ち着かないので、話を先に進めることにした。
尋ねると、ここなのですが……とスマートフォンで地図アプリを開いた相楽さんは、行き先を入力して表示された画面を俺に見せた。
「大型書店…、相楽さん本屋に行きたいんですか?」
「そうです。ちょっと探しものがありまして」
「なんだ、そういうことなら任せてください。そこの本屋ならよく行くので道も分かります。案内しますよ」
「それは良かった。ありがとうございます、助かります」
「いいえ。では、行きましょうか」
目指す本屋はここから十五分ほどの距離。雑談をしながら相楽さんと歩いて行くことにした。
こんな風に肩を並べて歩けるなんて、まるで夢でも見ているようだ。
相楽さんの私服だっていつも見慣れている筈なのに、白い綿のシャツもグレーのカーディガンも首に巻いている薄いブルーのストールもどれも新鮮で特別に見えてしまう。
淡く明るい色をよく好み、鮮やかで強い、もしくは濃く深い色はあまり好まない。冬場に着ていたコートやマフラー、部屋に置かれた家具や小物も目に優しい色合いばかりで彼の人柄をよく表している。
交差点の赤信号で立ち止まった時、ビルのガラスに映った自分たちの姿をちらりと見た。隣に立っている相楽さんは前を向いていて、こちらには気付いていない。
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