第一部/担当編集×小説家⑥<2>

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自分と相楽さんでは身長が頭一つ分ほど差があり、並んで立つと彼が小柄だということに改めて気付く。中学・高校とバスケをしていた俺とは違い、身長だけでなく腕や肩も比較的華奢で、線の細さがよく分かる。 仕事で会う相楽さんは『相楽樹月』という作家としてのオーラに包まれていて、多少のことでは簡単に折れない安定した強さを持っていた。『この人に任せれば大丈夫だろう』という信頼は俺たち編集者だけでなく、世間一般でのイメージともなっていて、彼が綴る文章は常に多くの人が手に取る確固たるものとなっている。 しかし、作家としての相楽樹月、仕事を通して見る相楽さんから一度離れれば、彼とて俺たちとは変わらない普通の二十代の男性なのだ。 小柄で、目が悪くて、地理はあまり詳しくなくて、忘れ物をした俺の為にわざわざ休みの日に届けに来てくれる、どこにでもいる俺より一つ年上の青年だ。 「……佐谷さん?」 何も言わず黙っていた俺に相楽さんが首を傾げた。 「どうしました?」 「あ、いえ、何でも。ちょっと考え事をしていました」 「歩きながらの考え事は危ないですよ。ちゃんと前を向いてください」 「……相楽さんって」 「はい?」 「相楽さんって、意外と世話焼きなところがありますよね」 「世話焼き?」 一ヶ月前。書店で行われたサイン会が滞りなく終了し、俺は主役である相楽さんを控え室へ案内した。しかし、連日の残業と体調不良により風邪をこじらせてしまっていた俺は、彼にお茶を淹れた後、近くにあったイスに座り込んで動けなくなってしまった。前日の電話で体調不良を察していた相楽さんは、わざわざ家から生姜湯を持参して体が温まるからとコップに一杯飲ませてくれた。その後も、関係者に掛け合って早めの帰宅の許可を取ってくれた相楽さんは、俺を家までタクシーで送ってくれただけでなく、薬と食事の用意まで行ってくれた。 「何度も言いますけれど、俺が寝込んだ時に作ってくださったミルクリゾット本当においしかったんです。誰かに食事を作ってもらうのは久しぶりだったので、とても嬉しかったです」 「その話は、もう」 「今日だって俺の忘れ物を届けにわざわざここまで来てくださったり、よそ見している俺にすぐに注意したり。何だか本当に、すごく意外で」 「そんなことはないです」 相楽さんは視線を逸らして横を向くと、ストールに顔を埋めるように俯いた。
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