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「世話焼きなんかじゃないです。どれも僕が勝手にやったことです。お礼を言われるものではありません」
「そうかもしれませんが、それでも俺にとっては全て感謝すべきことです。お礼を言うだけの価値は十分にあります」
「佐谷さん……」
相楽さんはとても困った顔をしていた。
きっとこういう時、どういう反応をすればいいのか分からないのだ。
「俺が勝手に喜んでいるんです。相楽さんは『はい、そうですか』って聞いていればいいんですよ」
「そう言われても」
「相楽さんが勝手にしたことと言うのなら、俺も勝手に喜んだことにします。お互い勝手にやっていることなら、気を遣う必要もないでしょう」
相楽さんがどれだけ否定しようが、やってもらったことに対して嬉しかった事実は変わらない。
自分がやってもらったことに対しては相手にきちんと礼を言わなければいけないし、言葉だけでなく感謝の気持ちも抱かなければいけない。
俺は両親にそう教えられて育ったから、相楽さんが何を言おうと主張を曲げるつもりはない。そもそもこちらは『ありがとう』を伝えているだけなのだから、曲げる必要がどこにあろうか。
「……佐谷さんは、やっぱりよく分かりません」
「分からない?」
「怒っているのかと思えば心配してきたり、呆れているのかと思えば優しかったり…。佐谷さんと話していると、どれが本当のあなたなのか分からなくなる」
「どれも本当の俺ですよ」
そうだ。相楽さんの前に立つ時の俺は、全てありのままの自分だ。
イライラしたり、怒ったり、慌てるくらい心配したり、時には手を伸ばしたくなってたまらなく愛しくなったり。
担当として厳しいことを言わなければいけない時もある。出版社の看板を背負っている以上、自分がやっていることは『仕事』だから、そこに私情は持ち込まないし意見がある時は迷わず伝える。それを相楽さんが『厳しい』と言うのであれば、担当としての立場はひとまず保たれているのだろう。良い作品を創り、世に送り出す為には、作家と担当は力を合わせ二人三脚で目の前の作品に情熱を注がなければいけないのだ。
しかし、仕事から離れれば自分もただの人間だ。相楽樹月という一人の人間にどうしようもなく惹かれていて、話がしたくて、沢山のことが知りたくて、仕事以上に親しくなれないか毎日頭を悩ませているただの不器用な人間。
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