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「何か気になるものでもありますか?」
「あ、いえ。本屋へはあまり来ないので、何があるのかなと思って」
「本屋なんですから本があると思いますが」
「そうじゃなくて。世の中の人は、どんな本を好んで手に取るのかなと」
「ああ、なるほど」
相楽さんに言われてちらりと目をやると、丁度すぐ手前の陳列棚でビジネス書を手にしている男性の姿が見えた。その周囲にも同じくページをめくって中をパラパラ見ている人の姿がいくつかあり、二十代後半から四十代までの俗にいう働き盛りと言われる年代の男性たちが肩を並べていた。
「本屋に来ると人間観察が捗って面白いですよ」
「佐谷さんはいつも本屋で人間観察をしているのですか?」
「いつもってわけではないですが、気が向いた時にたまに」
「……変わってますね」
「そんなことないですよ。世間に目を向けて視野を広げるのも編集者の大事な務めです」
「そんな務め初めて聞きました」
エレベーターを降りて三階のフロアへ着くと、相楽さんが探しているというミステリー小説のコーナーへ案内した。
それにしても意外だ。相楽さんが自分と同じミステリー好きとは思わなかった。
彼の代表作の中に、長編のミステリー小説が一つある。それはデビューした翌年に二作目として発表した作品であり、デビュー作の奥ゆかしい繊細な美しさを感じる作風から雰囲気をガラリと変えてきたことで再び話題を呼び、当時の人気俳優を起用して映画化もされた。
そんな経歴があるからこそ決して興味が無いと思っていたわけではないが、こうしてわざわざ探しに来るほど好きなジャンルだったとは驚きだ。それならそうと言ってくれれば、この話題を利用してもっと早い段階で親しくなれたかもしれないのに、相楽さんを知ることはやはり難易度が高くて難攻不落なのかもしれない。
「俺も適当に見ているので、遠慮なく探してください」
ここまで来たらせっかくだと思い、自分も一冊新しい本を買って帰ることにした。年末からずっと忙しくて新しい本を探す時間が取れなかったが、今ならじっくり見ることができるし、例え買うまでに至らなくても気になる本の目星が付けられる。
ひとまず有名どころは今回はパスして、平積みされている比較的新しい本に目を凝らしてみた。目についた本を手に取って裏表紙に書かれているあらすじを読みながら、面白そうなものはないかと順に見ていく。
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