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そうして二十分ほどが経ったところで、目線をふと相楽さんに戻してみた。
彼はうちとは異なる別の出版社の棚の前に立ちながら、ある一冊の本を手にしてタイトルをじっと凝視していた。どうしたのだろうかと気になり、隣に寄って覗き込んでみた。
「えっ、相楽さん、探している本ってまさかそれですか?」
相楽さんが持っている本を見て、俺は思わず目を見開いた。
「驚きました。その本、俺もすごく好きなんです! もうかれこれ十年ほど前から好きで、今まで何度読み返したか分からないくらい」
「これ、そんなに面白いんですか?」
「面白いですよ! これまでに結構な数のミステリーを読みましたが、これ以上に面白いものにまだ出会っていません」
「そうなんですか。ネットの特集を見て気になったのですが、佐谷さんも好きな作品だったんですね」
「相楽さんならきっと分かると思うのですが、読めば読むほどどんどん良さが分かってくるんです。台詞回しや言葉遣いが巧みで、登場人物の心理描写も素晴らしく、世界観も秀逸で……。学生の頃、毎朝一時間かけて高校へ通っていたんです。通学で乗っていた電車の中で、毎日飽きもせず、ずっとこの本ばかり読んでいました。お陰でボロボロになりすぎて、クラスの奴に笑われましたけれど」
「へえ……、そんなに」
自分が最も気に入っている本と相楽さんが探しに来た本が同じだなんて、これは運命だろうか。世の中にごまんと溢れるミステリー小説の中でたった一冊、過去に彼に話したことも見せたことも一度だってないのに、それがぴたりと一致するなんて奇跡と云うに他ならない。
「それ、買いますか?」
「そうですね。佐谷さんがそんなに言うのなら買って読んでみようと思います」
「だったらちょっと貸してください」
「……? 何ですか?」
相楽さんが差し出した本を受け取ると、自分が購入する分と併せて近くにあったカゴに入れた。
「あの、佐谷さん?」
「プレゼントします」
「え?」
「こんな偶然なかなかないので、俺から相楽さんに差し上げます。執筆の傍ら、ぜひ読んでみてください」
「ちょっ、何を言っているんですか。あなたに買ってもらうなんていけません、きちんと自分で買います」
「嫌です。俺がそうしたいから良いんです。だから、遠慮なく受け取ってください」
この時、俺は本当に嬉しかった。
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