第一部/担当編集×小説家⑥<3>

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ひと足先に食べ終えてしまったので、新しいコーヒーを用意する為に席を立ってキッチンへ向かった。 いつもならこうしてキッチンに立っているのは相楽さんだ。原稿を取りに家に来た俺の為にコーヒーを淹れてくれ、打ち合わせをして、追加のお茶の準備の為にキッチンに立っている後ろ姿を手を止めてじっと眺めている。 「佐谷さん」 火にかけたヤカンの水が沸騰するのを待っていると、後ろから相楽さんに呼びかけられた。 「これ、空になった紙袋をまとめたのですが、ゴミ箱はそこでいいですか?」 「あ、はい。お願いします。片付けていただいてありがとうございます」 「いいえ。これくらいは」 ヤカンから白い湯気が立ち上ってきた。ソファの前に置いたテーブルから空になったカップを取ってくると、中を軽く洗ってから二杯目のコーヒーを用意した。 「遠慮なく座っていてください。新しくコーヒーが入ったので」 「佐谷さんはいつも家でもコーヒーなんですか?」 「そうですね、だいたいは。あっ、すみません、他のものの方が良かったですか?」 「いえ、そんなことはないです。いただきます」 相楽さんは俺の手からカップを受け取ると、ソファに戻って腰を下ろした。 さっきは普通にしていたけれど、二人掛けの狭いソファに並んで座った時、もしかすると相楽さんに嫌な顔をされるのではないかと正直少し不安があった。嫌われていないことは分かっているし、余計な心配はしないでおこうともう何度も自分に言い聞かせてきたけれど、それでも万が一があった時の為に身構えながら相楽さんに近寄った。 ここまで相楽さんと距離が近いのはそうそうない。向かい合って座るのはいつもやっているが、隣同士はたぶんない。 手を伸ばせば、どこにでも触れられるほどの近い距離。 深く息を吸えばきっと匂いすらも分かってしまう。片脚の分だけ間を詰めれば、肩が当たって体温までも伝わってくるだろう。 (……やばい) 一度意識してしまうと、心と反して体が言うことを聞かなくなってくる。 (これじゃ好きな子を連れ込んで部屋で手を出そうとする男と同じじゃないか。そんなことをする為に相楽さんを家に誘ったわけじゃないのに……) ―――なら、何の為に部屋に誘ったんだ? 自分の言葉に対して、自分で疑問を投げ掛けた。
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