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俺が相楽さんを家に誘ったのは、屋外で昼食を摂る為に探していた公園が思うように見つからなかったからだ。人の多さに疲れてしまった相楽さんが休憩できるような静かで落ち着いた場所が他になくて、それならと自分の家に来るよう彼に提案した。
では、その目的は果たされたというわけだ。この後は完全にノープランで、このまま相楽さんが帰ると言い出せばそれを引き止める理由がない。
(……どうするんだ、佐谷真琴)
相楽さんに少しでも長く一緒に居てもらう為に、何か次の提案をしなければ。
DVDを観ようか。いや、ダメだ。最近レンタルショップに行けていなくて何もストックを用意していない。
好きな小説の話でもするか。それも違う。それじゃ仕事と何も変わらない。休みの日くらい、仕事に関する話題は無しで話がしてみたい。
どうすればいい。俺は相楽さんへの煩悩を打ち消しながら、必死に健全な考えを巡らせた。そんな時だった。
「佐谷さん」
半分ほどコーヒーを飲んだ相楽さんが、手にしていたカップをテーブルに置いた。
「実は、一つ、前からあなたに話したかったことがあるのですが、聞いていただけますか?」
「え? 話ですか?」
それは突然の方向転換だった。
まるで膨らんでいた風船から空気がスーッと抜けていくように気持ちが静まっていって、俺は相楽さんの言葉に頷くと素直に聞く体勢に入った。
「話ってなんですか?」
「……佐谷さんは、高校生の頃どんな学生でしたか?」
「えっ、俺ですか?」
相楽さんから飛び出した意外過ぎる質問にあからさまに驚いてしまった。
「俺は、高校といえば部活と読書ばかりしていました。中学からずっとバスケをしていたので、毎日朝練の為に六時過ぎの電車に乗って、学校の行き帰りに好きな小説を読みふけって」
「……その電車って、前から六両目の二番目のドアですか?」
「え?」
「あなたがいつも乗っていた電車の決まった場所。……そうですよね、佐谷さん」
「え……っ」
何を言われているのか分からなかった。
『いつも乗っていた』という言葉だけが認識できたが、聞き間違いかと思った。
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