第一部/担当編集×小説家⑥<3>

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「あなたは毎朝同じ電車の同じ場所に立って学校へ通っていた。当時は今よりもっと髪が短くて、黒いバッグを持っていて、ネクタイを結んだ制服がよく似合う背の高い学生だった。学校の名前は、蒼山学院高等部―――」 「ま、待ってください!」 俺は慌てて相楽さんの肩を掴んだ。驚きのあまり呼吸が上手くできなかったが、今はそんなことどうでもよかった。 「いったいどうしたんですか。そんなこと、突然」 「……違っていましたか?」 「いえ。違ってなんていません。あなたの言った通り全部俺です。でも、どうして」 「卒業アルバムを見ました。あなたが熱を出して眠っている時。それを見た時に、全て分かったんです」 「それって……」 「佐谷さんは……、毎朝同じ本を読んでいました。僕はあなたが読んでいる本のタイトルが気になって、学校の帰りに本屋へ探しに行きました。あなたが読んでいたのはミステリー小説、今日僕が買ってもらったものと同じものです」 ―――佐谷さん、僕は。 あなたのことを、十年前から知っているのです。 高校生の時に見ていた景色が目の前に蘇った。 俺は毎朝同じ電車に乗り合わせる高校生のことが気になっていた。 線が細く、メガネをかけた自分よりやや身長の低い立ち姿。色素の薄い髪は日の光を受けて茶色く透けていて、心此処に非ず、どこか遠い所を見ていて独特の雰囲気を持っていた。 スポーツをやっているようにはまるで見えなかった。こんなに朝早い時間の電車に乗り学校へ行くなど、始業前に特別授業を行う進学校の生徒だろうか。毎日毎日見かけるその高校生を、俺は毎日毎日少し離れた場所からずっと見ていて、相手も自分のことに気付いていたなんて全く思ってもみなかった。 「僕にはあの頃、ガンの治療をしている母がいました。都内の病院に入院していた母とは毎朝授業が始まる前に会っていて、その為に利用していた電車で毎日乗り合わせる高校生がいることに気が付きました。……佐谷さん、あなたです」 「相楽さん……」
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