第一部/担当編集×小説家⑥<4>

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第一部/担当編集×小説家⑥<4>

心臓の音がうるさいくらい大きかった。 ドクン、ドクンと響く鼓動と共に多くの血液が全身を巡り、たった今まで飲んでいたコーヒーなどなかったかのように喉が渇いて水を欲する。 宮部さんから俺に担当が代わった本当の理由を相楽さんに伝える。 それはただの仕事の話ではなく、俺がずっと隠してきた相楽さんへの個人的な想いを伝えることにも紐付いている。 今度こそ彼の手を掴んでいたい。あの時と同じ後悔をしたくない。 その一心で俺は宮部さんから担当の座を手に入れて、相楽さんが納得するように編集長が考えた尤もらしい理由にそのまま乗った。 もちろん、最終的に決定を下したのは編集長だから確固たる考えがあった上で俺を担当に就かせてくれたのは間違いないが、表向きとした『人材育成の観点から経験豊富な社員による指導の元、実力ある作家を新人に担当させる』という傍から聞けば別段おかしい部分はない理由を、好都合として甘えた自分がいたのも事実だ。 あの時俺が編集長に申し出さえしなければ、相楽さんは今も宮部さんと共に執筆ができていたのではないか。信頼を寄せていた宮部さんと順風満帆に作品創りに向き合えていたのではないだろうか。 そう考えると、俺がやった行為は無謀とは言えても正当化できるものではなく、『奪い取った』と表現しても「そんなことはない」と擁護できるとは言い切れない。 いつか言わなければいけないことは初めから分かっていた。 ただ、それはまだ暫く先のことで、まさかこんなにも早いタイミングで訪れようとはつい数分前までの俺には想像すらできていなかった。 今が『その時』と云うのなら、ここから逃げ出すわけにはいかない。 もうこれ以上、相楽さんに嘘はついてはいけない。 「……相楽さん」 ゆっくりと、一言ずつきちんと届くように、できる限り穏やかな声色になるよう意識した。 「俺も昔話をしてもいいですか?」 「昔話……、ですか?」 「そうです。俺がどうしてあなたの担当になったのか。どうしてあなたの担当になりたいと思ったのか」 どうしてあなたにこんなに思い入れがあるのか。 俺があなたについている嘘が、いったいどんなことだというのか。 「俺には学生の頃、好きだった人がいました」 今、あなたに伝えます。
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