第一部/担当編集×小説家⑥<4>

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だから。 「相楽さん」 抱き締めていた腕から力を解き、正面から見えるように相楽さんと向き直った。 目を見ると、相楽さんは複雑な色を宿していた。 きっと俺の話を聞いて、何を言えばいいのか分からないのだろう。 しかしそれも、今この瞬間で変わるから。 「俺があなたの担当になった理由を、お話します」 「理由、ですか?」 「俺があなたの担当になったのは、もう会えないと思っていたあなたと出版社で再会したからです」 「え……っ」 「三年前のあの日、俺は社内であなたの姿を見かけました。会議室から出てきたあなたは編集長と親しげに話をしていて、その隣には宮部さんがいた。あなたの顔を見た時、俺はすぐに気が付きました。あなたは俺が学生の時に毎日会っていた電車の中の高校生だと。俺が強く惹かれていた、名前も知らない高校生だと」 「佐……谷、さん……? いったい、何を言って」 「俺が好きだった人は、あなたです相楽さん」 俺の顔を見つめる瞳が、驚きを隠さずひときわ大きく見開かれた。 「俺がずっと忘れられなかった人は、相楽さん、あなたです。あなたはさっき十年前から俺のことを知っていたと言いましたが、俺も同じく相楽さんを十年前から知っていました。まさかお互いそうだったとは、俺も流石に驚きましたが」 「そんな……こと……」 「宮部さんから俺に担当が代わったのは、『相楽樹月の担当をさせて欲しい』と自ら編集長に申し出たからです。当然すんなりとはいきませんでしたが、結果的に俺はあなたの一番近くに居る権利を得て、あなたと繋がりを持つことができた。学生の頃から忘れられなくて、ずっと心に残っていた、好きだったあなたに手を伸ばせるようになった。これが、ずっと言えなかった本当の理由です―――」 もう隠すことは何もない。 自分の気持ちを偽ることも誤魔化すことも、する必要はどこにもない。 「相楽さん」 「俺は、あなたのことが好きです」 愛の告白をする時は、もっと緊張して不安に駆られるものだと思っていた。 足が竦んだり、声が上擦ったり、呼吸だって上手くできなくなるものだと思っていた。 でも、どういうことだろう。抱いていた想いを伝えた今、緊張も不安も感じていないどころか心が軽くてとても気分が清々しい。
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