第一部/担当編集×小説家⑦<1>

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第一部/担当編集×小説家⑦<1>

その日はいつになくとても緊張していて、前日の夜から胸の高鳴りが抑えられない朝だった。 予定よりも一時間早く目が覚めてしまい、帰ってきてからやろうと思っていた洗濯まで片付けてゆっくりテレビを観る時間まで余ってしまった。 乗ろうと思っている電車は、待ち合わせの時刻よりも三十分早いものを予定していた。 どうして三十分も前にと聞かれると、理由はイマイチ分からない。 ただ、ギリギリで行って相手を待たせるよりも先に行って相手を待つ方が良いという思いが頭から拭えず、それがきっと最良の選択だと不思議と自信を持っていた。 軽い朝食を済ませてコーヒーを淹れ、テレビの前のソファに腰を下ろす。天気予報では今日は春一番が吹くかもしれないと、女性の気象予報士が天気図を使いながら話していた。窓を開けてみると確かに空気は温かく、冬物のコートを着ていくと暑くて汗をかいてしまいそうな感じだ。つい一週間前はダウンコートがなければ寒くて凍えてしまいそうだったのに、三月のこの時期は安定感がなく先が読めない。 クローゼットを開けて春物のカーディガンをハンガーから外し、ベッドの上にそれを置いた。いくら暖かいとはいえ、防寒の為に首に一枚巻いていこう。これに合わせるならグリーンよりもブルーの方が良いかもしれない。夜に気温が下がっても首元が温かければ寒さもいくらか凌げるし、色の組み合わせもこちらの方がしっくりくる。 着ていたシャツの上にカーディガンを羽織り、選んだストールを首に巻く。いつものように棚の上の眼鏡に手を伸ばした時、掴もうとした指先が躊躇した。 (そういえば、眼鏡、どうしようか……) 黒の太いフレームとモスグリーンの細いフレーム。並んだ二つの眼鏡の前で、伸ばした手をぴたりと止めた。 黒は休みの日に愛用しているプライベート用。性能よりもデザインを優先させて、レンズに遊び心が加えられた海外メーカーのもの。小物が好きな父から勧められたのがきっかけで使っている。 対して、モスグリーンは仕事用。パソコンから出るブルーライトをカットする処方が施されていて、長時間執筆をしていても目の疲れをあまり感じさせず、細いフレームは比較的視界を広く取ることができる。
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