第一部/担当編集×小説家⑦<2>

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「やっぱり相楽先生だ。良かった、人違いだったらどうしようかとちょっと心配しました」 「その声は……琴美ちゃん?」 久しぶりの再会だった。前回会ったのは、昨年の秋頃だったろうか。 石原琴美。以前この公園でネコに懐かれたのがきっかけで知り合い、たまにメールのやり取りをするようになった近所の中学に通う女の子。僕の小説を全て読んでいて、編集部経由でファンレターも送ってくれた一人でもあり、雑誌に掲載しているコラムや短編も余すことなく全てチェックし大切に保管してくれている。 「お久しぶりですね。仕事の息抜きですか?」 「うん……、まあ、ね」 「あっ、そういえば、連載の続き読みましたよ! やっと謎が解けるーっと思ったら良いところで終わってしまって。私はあの使用人が怪しいと思うんです。でも、相楽先生のことだからもしかしたらまだ何か隠してる事実を出してくるのかも。どちらにせよ、早く続きが知りたいなぁ」 「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいよ」 琴美ちゃんは僕の隣に腰を下ろすと、早速ながら気に入ったシーンを一つ一つ挙げて読んだ小説の感想を丁寧に伝えてくれた。 生の声が聞けるのはとても嬉しい。SNSやブログなどをやっていない僕にとっては、リアルな反応をもらうことは非常に貴重で有り難い。 彼女があまりにも楽しそうに話すから、僕も釣られて口元が緩んでいくのを感じた。ここ最近ずっと一人で考えてばかりいたから、誰かの声を聞き、誰かの笑った顔を目にすると元気で明るい気持ちになれる。 「琴美ちゃんはいつ会っても元気だね」 「はい、元気です! 私の長所は元気なことです。先生は元気ないんですか?」 「……うん。ちょっとね」 彼女になら僕の気持ちを話してもいいだろうか。 二十七歳の僕がひと回り以上歳の違う女の子にこんな話をするのはどうかと思うけれど、彼女なら恐らく、僕の話に耳を傾け自分一人では考えつかないような新しい意見を教えてくれる気がする。 「何かあったんですか?」 彼女は太ももの脇に両手を添えて身を乗り出すと、丸い瞳を大きく開いて僕の顔を覗き込んだ。 「ある人に『好き』だと告白されたんだ」 「えっ?!」 声が物凄く大きかった。 隣のベンチで飼い犬を撫でていたお爺さんがその声の大きさに驚いてこちらを見てきたので、琴美ちゃんは慌てて口を手で覆うとペコペコと頭を下げた。僕もそれに倣って会釈する。
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