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「こ、告白って、誰にですか?」
「仕事で出会った人なんだけど……、なんて返事をすればいいのか分からなくて」
「分からないって、どういうことですか?」
「好きだとか、嫌いだとか。なんというか、自分が相手をどう思っているのかハッキリと分からない。どんな言葉を選べば良いのか、何が正しいのか……」
『好き』だと言われた時、『嫌』だとは思わなかった。
腕を引かれて抱き締められた時、離して欲しいとは思わなかった。
間近で体の温かさを感じた時、耳元で発せられた低い声を聞いた時、僕は女性ではなく彼と同じ男なのに、全部を心地良いと思ってしまった。
「その人に『好き』だと言われてから、ずっとそのことが頭を離れないんだ。目の前のことに集中できなくて、ついには仕事にも影響が出てしまって……。早く返事をしなきゃと思う反面、もし誤った伝わり方をしてしまったらと考えると口から声が出なくなる。『何を言ったらいいか分からない』なんて、まったく情けないよね。僕の仕事は小説家だというのに……」
「相楽先生……」
伸ばされている手を振り払ってしまったら、もう二度と佐谷さんは僕に近付いてこなくなる。
彼が言っていた通り、編集者として変わらずサポートはしてくれても、それ以上の進展は一切なくなってしまう。
今までみたいに原稿を渡して、打ち合わせをして、交わす会話はただ仕事に関する事柄だけ。用事が終われば時間通りに帰っていき、互いのプライベートに介入することもきっとない。
もし僕がNOを示したら、彼を引き留める理由も権利も全て自分から手放すことを意味している。手の届かないところへ行ってしまうことを、僕は望んでいるというのか。
「こういうこと初めてで、人を好きになるって気持ちがどんなものなのか僕にはよく分からない。自分の中にあるこの気持ちが何なのかも。僕はその人に何を返すことができるのかな」
「……相楽先生。私、先生に話してもいいですか?」
「うん、なに?」
「今の話、まるで恋愛小説の一節みたいです」
「……え?」
それまで黙って聞いていた琴美ちゃんが、ふっと口元を緩ませた。
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