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僕は顔を上げて彼女を見た。裸眼のままで周りの景色はよく見えないが、彼女が笑っていることだけはきちんと理解することができた。
「私、相楽先生の作品が大好きです。本屋さんにあるものは全部読んでいて、どのお話からも先生の優しさや思慮深さを感じることができます。けれど、先生の作品には恋愛小説が一冊もなくて、どうしてなのかなって思っていたんですけど…。先生の今の話は、まるで恋愛小説を読んでいるみたいです。相手の人のことをとても大切に思っている、先生の愛情がいっぱい詰まっています」
「……っ、愛……情……?」
「ねえ、相楽先生。私はまだ子供なので、大人の話は分からないです。でも、先生はもう答えが出ていると思います。先生はきっと、『恋』しているんだと思います」
「!?」
心の中に立ち込めている霧が晴れていくような気がした。
『恋』をしている。そう言われた瞬間、ぼやけていた輪郭が次第にハッキリとした線を帯びてきて、見えないふりをしていたその正体が明らかになっていく。
僕は膝の上で手を固く握り締めると、座っていたベンチから立ち上がっていた。驚いた琴美ちゃんが目を丸くして首を傾げる。
「相楽先生?」
「……行ってくるよ」
「え? 行くって、どこにですか?」
「決まっているよ、その人の所へ。どうなるか分からないけれど、僕の気持ちをきちんと伝えに行ってくる。今行かなきゃ、この先はもう言えなくなりそうな気がするから」
「……! 相楽先生っ」
もう、目を背けて逃げてはいけない。
ありがとう、琴美ちゃん。隣に座る彼女に一言礼を言うと、彼女は可愛らしい顔に笑みをたたえながら『頑張ってくださいね』と返してくれた。
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