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殺意の形を木城富子は知らない。
ひどい嵐に揉まれて、逃げ場を失ってなおも相手の男を殺そうとは思わなかった。少しおかしいのかも知れない。いや実際逃げることに意識をとられていた。逃げなければならないと言う言葉に引きずられて走る。アーケードを外れ、細い道を抜け、人通りのない暗闇へ進んだ。
彼女はビルの非常階段を駈けていた。誰もいないであろうビルに明かりはなかった。このビルがどこにあるのか、ここがどこかそんなことはどうでもよかった。景色が流れていく。意識は霞んで、自分の息づかいだけが聞こえている。
どこかに必ず出口があると信じながら、それが追い詰められているのだと理解することはなかった。
階段に響く自分の足音が耳障りだった。後ろから追いかけてくる相手の気配が、恐ろしかった。
肩で息をしたさきは屋上であった。
錆び付いた缶やタバコの吸い殻が転がっていた。
走り抜けた先で缶を蹴り飛ばした。
缶が屋上から転がって落ちた。
知らなくていいことを知ってしまった。
彼女は後悔したが遅かった。
追跡者はそこまで来ている。もう逃げ場はなかった。考える余裕すら与えてくれない現実がそこにあったのだ。
恐怖が近づいてくる。
相手の気配が屋上に現れた。
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