洗礼

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車中、こちらから話し掛けることは、基本しない。 けれど、大体クライアントの方が喋ってくるらしい。 特に初心者。 今乗せている彼女も、例にもれず。 「…こういの初めてで……やっぱり緊張しますね…」 公園とかでよく見かける、子連れのお母さんのような、服装と、雰囲気。 家庭を持っているクライアントには、なるべく普段通りの格好で、と伝えてある。 急にお洒落して、配偶者に怪しまれるのを防ぐため。 「だ、だだだだだ大丈夫ですよ。すすすすぐ慣れますから」 緊張で事故っては大変。 運転に集中して、バックミラーでクライアントの表情なんて見る余裕ない。 クスクス笑い声が聞こえた。 「なんか、あなたの方が緊張してない?」 「―――あ、すみません、私新人で、クライアント様の送迎も初めてで」 「そうなの?軽蔑するわよね、夫も子供もいるのに、これから顔も知らない男の人とするなんて」 「軽蔑なんてしませんよ。不倫なんかするより、よっぽど健康的です!!」 私が言うなって感じだけど。 「健康的…なんだかスポーツみたいね」 「はいっ!!そんな感じに気楽に思っていただけたら」 クライアントは、笑い声のあとに、淡々と話し始めた。 「私…子供産んでから、夫が全然相手にしてくれないの。立ち会い出産も、悪かったのかしら。お前の事を、もう女には見れないって。だからね、本当は欲しいんだけど、二人目も作れないの」 よくあるケースだ。 「男って勝手ですよね。自分が種撒いたくせに」 「ほんと勝手よね。私、怖いの。今は母親でいられてるけど、子供が大きくなって、手が離れたら、母親でもなくなる。そうしたらもう、誰も私を必要としてくれなくなるって考えると、堪らなく不安になるの」 「大丈夫です。今夜をきっかけに、何か変わるかもしれませんよ」 マニュアル通りのセリフ。 でも、本当にそうなって欲しいって思った。
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