第1章

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でも、その未来は訪れなかった。 十月の末、担当の先生から告げられたのは、「もう休ませてあげましょう」という言葉。 このまま治療をしても苦しいのが長引くだけだ。 その話を聞いて父に連絡を取ると父は仕事を休んですぐに病院に駆けつけてくれて、私はその決断を父に任せた。 父の決断は治療の中断。 もうこれ以上やっても治らないなら、そんな諦めの気持ちもあったのかもしれない。 それからは母は治療の為の点滴ではなく、ただ痛みを感じさせなくする為の点滴を始めた。 数日は私も父も病院に泊まり込み、ただその日を待っていた。 母が亡くなる日を。 容態が変わったと看護士に呼び出されて病院のベッドに横たわる母の傍らに立ち、「手を握ってあげてください」と看護士から無理矢理母の手を握らされる。 でも私は、どんどん冷たくなっていく母の手を握っているのが怖くて。 「父さん、ほら」 代わりに父に母の手を握ってもらった。 「ご臨終です」 先生の声がしんとした病室に響く。 なのに私は涙の一つも出なかった。 ドラマだとこういう時に泣き崩れるのかしら、なんて冷静に考えてたくらいだ。 それからも葬儀屋や寺に電話をしたりで、忙しさから感傷に浸る暇もなかった。 ただやる事が多くてバタバタしていた印象しかない。 .
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