第1章

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母と共に家に帰ると沢山の人が棺桶に入った母の顔を見に来てくれて、母の死を惜しんでくれて。 やっと落ち着いたのは夜になってからだった。 「線香の番は任せていいか?」 父も葬儀屋との相談などで疲れていたのかもしれない。 夜は線香を切らせてはいけないので、その番は私がする事になった。 「いいよ、私寝ないから。明日は朝から火葬だからね。ちゃんと起きてよ?」 「はいはい」 寝室に戻って行く父を見送ってから、線香の匂いが充満した部屋に一人取り残される。 そこでやっと棺桶で眠る母の顔を改めて見た。 薬の副作用で腫れ上がっていた顔がスッキリしていて、どこか顔が違って見える。 「母さん、おかえり。やっと家に帰って来たね」 入院してから一年近く、ずっと母が『帰りたい』と言っていた我が家。 生きている内に帰って来れたら良かったのに。 生きている母に『おかえり』と言ってやれたら良かったのに。 誰が悪い訳でもない。 病院の先生だって懸命に治療してくれた。 「もっと優しくしてやれれば良かった……。ケンカばっかりだし、言う事聞かないし……いい娘じゃなくてごめんね」 ここで私は、母が亡くなってから初めて泣く事が出来た。 .
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